表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十二精霊物語  作者: 山崎 空
3/11

03.謎多き人



 よく考えてみれば、祖母は不思議な人だったかもしれない。


 幼い頃の記憶を、思い返してみる。

 いつも常に微笑んでいる人だったという印象があった。実際、祖母の怒った顔を、アルバは一度も見たことはなかった。


 幼い頃、まだアルバが夜を怖がっていた時、夜は怖くないものだと教えてくれたのは祖母だった。

 月の光の下でこそ、普段見えないものがよく見えてくるもの。

 月のない夜には精霊達の集会が開かれ、この国の行く末を話し合うんだと、昔話を聞かせるように語ってくれた。

 夜は、けして怖いものではない。

 夜は静寂。

 夜は安らぎ。

 精霊の加護があるこの国の夜は、けっして恐ろしいものではないんだよと、何度もアルバは教えられた。


 それ以来、夜に怯える事が少なくなった。


 アルバはそんな祖母が好きだった。

 他の大人は、空想的な話や、御伽噺をいつまでも読むのはやめなさいと言うのに、一言もそんな事を口にしない。


 好きなようにしなさい。

 好きな事を求めなさい。

 それがきっと、お前を将来導くものになる。


 何度も言われたその言葉は、今でも、目を閉じれば祖母の声そのままに聞こえてきそうだ。

 祖母が亡くなったのは、病気でも事故でもはなく寿命で、最後は眠るように、目を閉じて息を引き取った。


『お前の成すべき事をなさい』


 それが、祖母がアルバに送った、最後の言葉。

 成すべき事。


(………今のこの状況も、成すべき事に入るの? お祖母ちゃん)


 長い長い思考から抜け出して、ようやくアルバは今を見つめた。




   *




 アルバと(自称精霊を名乗る)動く人形が、彼女にとって不本意な遭遇を果たしてから、時間は二日ばかり経過していた。


 あれから、アルバは明け方までこの人形に、脅され、泣き落とされ、結局彼が元に戻る方法を探すのを手伝う事になってしまった。


 このまま見捨てたら一生呪ってやるとまで言われて、頼みを断れるはずがない。

 精霊の呪いは、昔から恐ろしいものの一つとして伝承があるぐらいだ。

 命が惜しければ、精霊をけっして怒らせてはならない。それは、この国の誰もが知っている話だった。


 そもそも、あの運命の昼間に遭遇してしまった時点で、それは既に決定事項だったのかもしれない。

 とりあえずその次の日は眠気に勝てず、実際に行動をおこしたのは、原因の発生日から二日目のことになった。


 まずアルバは、母のエルマに、祖母の事を聞いてみた。

 祖母の周りに何かおかしなことはなかったか?


「何もないわよ」


 返答は簡潔だった。


「おかしな子ね。どうしてそんな事急に聞きたがるのかしら」


 エルマは怪訝そうな顔をして娘にそう尋ねた。


「目の下にクマなんて作って。おおかた、また夜遅くまで本でも読んでたんでしょう。まったく、いい年をした娘が……」


 そのまま始まったお説教に、アルバはうっかり二時間も捕まってしまった。

 次にアルバは父のアイオスに尋ねた。

 父は祖母の一番下の息子だった。性質が一番祖母に似ているらしく、伯父や伯母に比べて穏やかで優しい。


「さぁねぇ。何かあったといえば、あったんだろうけど。お祖母ちゃんは秘密が多い人だったからね」

「秘密?」

「ああそういえば、私がまだ幼かった頃に、何年かに一度、新月の夜にどこかに出かけていたのは覚えてるよ。帰ってくるのは、決まって次の日の夜だったね。何度もそれでお祖父ちゃんと喧嘩したらしいけど、結局やめることはなかったね」

「新月の夜に外へ?」


 その言葉に、アルバは祖母に聞いた話をふと思い出す。新月の夜は、精霊達が集まって、この国の将来を話し合うという、御伽噺。


「まさか、精霊達の集会にでもいってたの?」

「おや、懐かしい事を言うねアルバ。精霊の集会か。私も昔よく聞かされたもんだ。……そうかもしれないな」


 アイオスは、何度もその言葉を口の中で繰り返したあと、もっともらしく頷いた。


「それで、どうして急にお祖母ちゃんの話になったんだいアルバ?」


 その問いかけに、一瞬だけアルバは本当のことを言おうかどうか迷った。


 アイオスは祖母に近い人だ。

 本当のことを話せば、もしかしたら力になってくれるかもしれない。

 けれどすぐに考えを改める。


(余計な事に巻き込まれるのは、私一人で十分だわ)


「お祖母ちゃんの夢を見て、それで、聞きたくなったの」


 結局、アルバはあたりさわりのない言葉でごまかした。


「夢を? そうか。じゃあ何かあるのかもしれないな。お祖母ちゃんの事をもっと知りたかったら、イスの村にいるミラ叔母さんを訪ねたらどうだ?」

「ミラ叔母さんを?」


 イスの村とはこの街から北東の方角の、山の中腹にある小さな村だ。

 ミラとは、アルバの祖母の末の妹で、アイオスの叔母にあたる人物だ。

 祖母とは随分年が離れていたせいか、未だに存命でイスの村で暮らしている。


「そっか。ミラ叔母さんなら、何か知ってるかもしれないわね」

「イスの村に行くのかアルバ」

「……うん。行ってみようかと思う。イスの村なら、そんなに遠くはないし」


 女子供の足で歩いても、イスの村には半日でつける。

 とにかく行動をおこすなら早いほうが良いとアルバは考えた。

 あの人形との関係を早めに切ってしまいたかったからだ。この先一生付きまとわれでもしたら大変だ。


「明日」


 アルバは父親にむかってそう話した。


「明日イスの村に行って来るわ」



 それからアルバは部屋に戻ると、ベットの上で、暇をつぶすかのように彼女の本を読んでいた人形を摘み上げた。


「うわっ!……なんだぁ、アルバか」

「なんだ、じゃないわよ。母さんたちが入ってくるかもしれないんだから、そんな人形らしくない行動は謹んでよ」

「だって、暇だったから」


 人形の表情は動かないが、もし動いていたら、見事な膨れ面が見られただろう。そんな言い方だ。


「仮にも精霊が、だって、なんて言葉使わないで」

「偏見だよ。僕達は存在意義以外、人間とあんまり変わらないのに……」

「…………精霊は何よりも神聖で尊いものだって教えられたのよ」

「誰に?」


 さも迷惑だといわんばかりに人形が言った。


「幼年学校で」


 この国の子供たちは皆、四歳から十歳まで幼年学校に通う。

 学校はこの街にしかないから、街から遠く離れた村では、大人たちが学校の代わりを果たしていた。街に親類縁者がいる家は、子供をしばらくその家に預けたりもする。

 学ぶのは基本的な文字の読み書きと、この国の歴史だ。精霊は尊く、敬うべき対象として教えられる。


 アルバも、学校に通ってそう教えられた子供の一人だ。

 しかしどうにも、この精霊は敬う気になれない。

 もっとも、そう習ったからといって、必ずしも誰もがその存在を信じるというわけではなかったのだが。

 モースの館に誰もが入れた昔は違ったそうだが、今では精霊の存在は半ばおとぎ話だ。


「教科書を見直したほうがいいよ、それ」

「私もいまはそう思うわ」

「確かに堅い精霊もいるけど。少なくとも、僕の知ってる中では九月の精霊が一番堅いね」

「他の精霊は……いえ、やっぱり何も話さないで。……あ」


 そこでアルバは、この部屋に戻ってきた当初の目的を思い出した。


「お祖母ちゃんの話、やっぱりそんなに聞けなかったわ」

「……そう、かぁ」

「でも」


 しょんぼりと肩を下げて、顔をうつむかせていた人形は、その言葉を合図にぱっと顔を上げた。


「イスの村に、お祖母ちゃんの末の妹が住んでるのよ。ミラ叔母さんって私たちは呼んでるけど」

「その人が、何か知ってるの?」

「知ってるかどうかは分からないけど、訪ねてみるだけの意味はあるかもしれない。お祖母ちゃんの姉妹だし」


 だからと、アルバは話を続けた。


「明日、イスの村に行きましょう」

「うん。………ありがとうアルバ」


 人形は言葉の最後に小さくそう呟いた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ