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十二精霊物語  作者: 山崎 空
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02.不可解な人形

 

 夜は随分強い風が吹いていた。


 よろい戸がガタガタとうるさく音を立てる。

 アルバは二階の部屋の中で、蝋燭の長さを確認した後、そっと窓のほうをうかがった。


(変なの。昼間は風一つ吹いてなかったのに、急にこんなに吹くなんて)


 明日は雨でも降るのだろうか。

 しばらくぼんやりと考えて、手元の本に視線を戻した。蝋燭はまだ半分ある。火が消える頃には、この本も読み終わっているだろう。


 その本はアルバの家に昔からある本だった。読むのは、これが最初ではない。

 子供の頃から何度も何度も、母親に読んでもらった。字が読めるようになってからは自分で読むようになった。お気に入りの本だから、今でもよく読んでいる。


 本の内容は、十二人の精霊と一人の人間の男が、さまざまな冒険をする話だった。

 陸の無い国を旅する話。強大な竜を倒す話。巨大な茸が生える森で、迷路に迷い込んでしまう話。一番最後のお話は、彼らが一つの国を作るというものだった。最後にたどり着いた小さな島に国を作り、彼らはその国で末永く幸せに暮らす。

 国は十二人の精霊と一人の男が治め、いつの日か何人もの人間がその国に移り住み、街を築き、栄えていった。


 長い年月が過ぎて、最初に十二人の精霊と一緒にいた男はいつしか消え去り、精霊だけがその国に残った。精霊達は、一年を十二に分けて、順番に国を治めていく事にした。十二までいったら、一年がたち、また一番目の精霊に戻る。それの繰り返し。

 あとから移住してきた人間たちの中から代表を選んで、精霊達の言葉を、意思を、国中に知らせる任を負わせた。


 だからその国は精霊が治めている。十二人の精霊達が。


 それは、アルバが住むこの国に伝えられる建国記と同じ内容だった。

 つまるところ、その物語は、この国に住む子供なら誰でも知ってる昔話で、母親から寝る前に一度は聞かされる話。

 だけど建国記は、あくまで十二人の精霊達が国を作る話だけで、アルバの読む本にでてくるような冒険の話は無い。だから彼女はその本が好きだった。


(夢があるし、それにどきどきするじゃない)


 まるで自分も一緒に冒険に出ているような錯覚におちいる素敵な本。

 いよいよ本のページも残り少なくなり、アルバの瞼も重くなってきた。半分ほどあった蝋燭は、さらにまた半分になっている。


 ああ、本当に眠くなってきた。


 閉じかける瞼を、必死にこらえるのも、もう限界だ。

 蝋燭の火を消そうと、アルバは息を吸い込んだ。その時、蝋燭の淡い光の向こうに、どこか見覚えのある人形の影を見て、思わず息を止めた。


「ひっ!!」


 短い悲鳴が口からこぼれた。声はそれだけしか出せなかった。人間、本当の恐怖を体験すると、どうやら声がでないようだ。


 赤い光に淡く照らし出されているのは、間違いなく昼間に井戸で見た汚れた人形だった。

 黒い目が明かりに反射してきらりと光る。

 明らかに自立できそうに無い布の人形なはずなのに、その人形は勇ましく自らの足で床の上に立っていた。


 アルバは魚のように口をパクパクさせ、座っていた寝台の端まで一気に後退った。

 そんな。まさか。

 人形に化けてでられるような真似はしたことは無いというのに、何故今自分の目の前にいるのか。


 恐怖以外のなにものでもなかった。


 人形は一歩、足を前進させた。アルバは後ろに逃げようとして、寝台から落ちそうになった。

 なんとか部屋の外に逃げ出したい所だが、人形は扉の前にいる。

 寝台から降りたアルバは、壁際に逃げた。人形は黒い目をきらりとさせて、彼女を追ってきた。もはや恐慌状態に陥るなと言うほうが無理だった。

 悲鳴は喉元までせりあがっていて、今にも近所迷惑な騒音が響くかと思われた、その時。


 すぐ目の前に、人形の顔が。


「――!」


 悲鳴は結局上がらなかった。

 心臓が止まるかと思った。

 悲鳴が出せなかったのは、人形の柔らかい手がアルバの口を塞いだ為で、いつのまに近くまで来たのか、生意気にも空中にふかふかと浮いている。


「お願いだから静かにしてよ」


「無理」という彼女の返答は、残念ながら「うぅ」といううめき声に変った。

 だいたいどうして不法侵入者であるこの人形の言う事を聞かなければならないのか。


「静かにしてくれるなら、手を離すよ。………静かにする?」


 人形の声は、見た目に反して少年のようなものだった。人形は恐いと思うのに、その声は涼やかな、若草を思わせる美しいものだ。

 心臓はまだバクバクと早鐘のように打っていたが、このまま口を塞がれ続けるのはいささか苦しい。

 選択肢が今の自分に無い事を知って、とりあえず、アルバは震える手で人形に「ちょっと待って」と意思表示をした。

 しばらくして震えがおさまってきた所で、やはり手で承諾のサインを送る。早い話が、右手の親指と人差し指で丸を作ったのだ。


 口から人形の手が離れた。大きく息を吸って、新しい空気がどっとアルバの肺に送り込まれた。

 ひとまず何度も深呼吸を繰り返す。

 目の前には、いまだ人形がふかふか浮いている。


「お願いだから」


人形はもう一度言った。


「騒がないで。無理を言ってるのは僕も分かってるんだけど、騒がれると困るんだ」

「……とりあえず、あんたは何者?」


そう言った後で、アルバはもう一つ付け加えた。


「普通の人形じゃない事だけは確かだけど」


 普通の人形は、歩かない、浮かない、と言う以前に動かない。おまけに言うならしゃべったりもしない。目の前の人形の糸で縫われただけの口も、けして上下左右に動いたりはしていないが、確かに「声」は耳から入ってくる。


「僕は、人形じゃない。僕は………ねぇ、疑わないでね。僕は、四月の精霊なんだ」


 念をおすように、慎重に、人形はその言葉を口にした。 


「四月の精霊?」


 思わず語尾が上がる。


「四月の精霊っていったら、今はモースの館にいるんじゃないの?」


 モースの館は、この国を治める精霊がいると言われてる施設だった。一月ごとにその主は変る。四月なら四番目の精霊が、五月なら五番目の精霊が。

 十二人の精霊は、一年を十二に分けた。


 今は四月。言い換えるなら、十二精霊の四番目、エプルの治める月。


 その肝心要の精霊が、今、アルバの目の前にいると言うのだ。治める精霊が不在の月など、聞いたことも無い。


「その話が本当なら……」


 疑わしげなアルバの言葉に、人形は声を強めていった。


「本当だよっ」

「………じゃあ、あなたはエプル?」


 精霊の姿形などみた事は無いが、こんな人形が確かに精霊なのだろうか。


「そう。僕はエプル。こんな姿じゃ、信じられないのもわかるけど、だけど、僕は確かに四月の精霊なんだ」

「精霊の姿なんて知らないけど、だけどその外見は確かに人形だわ」

「これには色々わけがあるんだ」


 人形は顔を下に向けアルバの方を、斜め下から見上げるように見て、もう一度言葉を繰り返した。


「……深いわけが」


 アルバは深いため息をついた。鼓動も正常に戻りつつあった。

 先程は心臓が止まるかというぐらい驚いたが、今目の前にいるしょぼくれた人形を、もう怖いとは思わなかった。

 ひとまず自分がさっきまで座っていた寝台を指差して、彼女はこう言った。


「とりあえず座って話しましょう。立ったままじゃ疲れるわ」


 はたして人形が疲れるのかどうかは疑問だが、エプルを名乗る人形は、アルバの言う通りに寝台へと腰をおろした。

 随分短くなり、もう消えそうになっていた蝋燭の代わりに、新しい蝋燭を一本、鏡台の引き出しから取り出す。


「蝋燭代も馬鹿になんないのよね……」


 しかし暗闇で話を続けるのは論外だ。まだ残っていた火をその蝋燭にうつすと、部屋の中が先程よりも明るくなった。


 辺りは静まりかえっていた。


 アルバ達が起きているこの部屋以外、もう皆夢の中を旅しているのだろう。

 人形が再び口を開くまで、同じように寝台に座り、新しい蜜色の蝋燭を見つめた。


「実は僕…………僕さ、この人形の中に、閉じ込められちゃったんだ……」


 隙間から入ってくる風に、蝋燭の火が三回揺れた後、人形はそう切り出した。


「人形の中に閉じ込められた?」

「この人形、今はあちこち動いたせいで薄汚れてるけど、僕の所にきた時は、もっと綺麗な人形だった。僕達精霊への捧げ物の中に一緒に入ってた人形で、今までに無い捧げ物だったから、ちょっと興味がわいて……」

「手を出したらそうなったと、そう言いたいわけね」


 アルバの言葉に、人形は慎ましやかに頷いた。 


「突然人形の中に吸い込まれて、出ようと思っても、でられなくて……それで」

「それで、どうして私の所にきたわけ?」


 アルバと精霊の間に、接点は存在しない。せいぜい昼間、共用の井戸で水汲みをしていた時に、人形を発見し、手に取ったぐらいだ。


「この辺に、精霊医がいるって聞いたから」

「精霊医?」

「人間の医者と同じだよ。精霊医は特別魔力が高くて、僕達精霊の力や存在が不安定になった時、その魔力で補ってくれるんだ」

「魔力を補う?」

「簡単に言うと、弱った精霊に、魔力を分けてくれるんだ」


精霊は自然の力の結晶体だから、魔力が極端に減ってしまうと消滅してしまうんだ、と人形は続けた。


「精霊医って、人間なの?」

「そう。この辺に住んでるって、大分前にだけど仲間から聞いたことがあったから……もしかしたら、精霊医ならなにか解決法を教えてくれるんじゃないかと思って」

「この辺に、そう言う人が住んるって話聞いたことないけど。じゃあなんで私にひっついてきたの?」

「君から、魔力を感じたんだ。精霊医特有の、ひどく優しい魔力。だから、きっと君の家が精霊医の家なんだって、思ってきたんだけど…」

「目当ての人はいなかった、と」


 当然だ。ここはアルバの曾祖母の代から普通の民家だ。

 もしかしたら、それ以前に住んでいた人が、精霊医だったのかもしれない。


「……精霊医はいなかったけど、君に精霊医と同じ魔力があったから……」

「だから深夜に人の部屋に乱入したわけ?」

「だって! ここまできて、精霊医はいなくて、何の解決法もわからないんじゃ、僕もうどうしていいかわからなくて………」


 人間は追い込まれると意外な行動に出るとよくいうが、これは精霊にも当てはまるのだろうか。

 人形の落ち込むみようは相当で、まるでこちらが弱いものいじめをしているような錯覚さえ起こさせる。

 アルバはもう一度、先ほど以上に深い溜め息をついた。


「名前は?」

「え?」

「その、精霊医だって人の、名前。まさか、名前もわかならいの?」

「わかるよ。えっと、確か………ミチェ? ああ違う。リチェ。そう、リチェ・リーンて言う人だ」


 その名前を聞いた途端、アルバの顔はとても苦い顔になった。聞かなければよかったとという意思が、その表情にありありとでている。


「どうしたの? 知ってるの?」

「………………」


 長い沈黙の後、不安そうな人形を前にアルバはついに口を開いた。


「…………知ってるわ。よく、知ってる」


 そうして、苦い顔でさらに続ける。


「リチェ・リーンは、私の祖母よ。……三年前に、亡くなったけど」


アルバのその言葉は薄暗い部屋にひっそりと響いた。




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