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十二精霊物語  作者: 山崎 空
10/11

10.帰ってきた日常




 結局のところ、一体どうして精霊を封じ込める人形が捧げ物の中に入っていたのか、詳しい事情はアルバは教えてもらわなかった。

 あれから月が変わって五月に入ったが、何の音沙汰もない。

 エプルが人形から解放されてからは、イスの村まで戻るまであっという間だった。


 呪いによる穢れは、泉に満ちた力によって完璧に払われた。

 アルバがエプルを解放するために使った力も、彼はしっかりと受け取っていた。そのため、精霊としての力を余すことなく使えるようになったエプルは、アルバを抱えて瞬時にミラの家まで戻って見せた。

 何が起こったのかわからないくらいだった。

 それこそ瞬きする間に景色が変わっていた。

 幻想的な光の泉は夢幻のように消え、あの鬱蒼とした木々も夜空を舞い飛ぶ小さな光もない。広がる光景は見覚えのある村のもの。ただ月だけが一緒だった。


 夜に突然戻ってきたアルバ達に、ミラは驚いたものの、素直に成功を祝ってくれた。

 エプルはすぐにモースの館へと戻っていった。名残惜しむ時間もなかったが仕方ない。精霊がモースの館に不在のままでいるわけにはいかないのだ。

 人形から解放された彼がすぐにあるべき場所に戻るのは当然の事だ。

 

 別れの言葉はなかった。さようならとも、またねとも彼は口にしなかった。

 ただ、「待っていて」それだけを言って姿を消した。

 それはつまり、また会いに来るということだろう。まて、と言うからには何かがあるはずだ。

 勿論ただの口約束なのだから、実際待っていたところで何もない可能性もある。けれど精霊は約束をたがえない。

 だから彼は、かならずまたアルバに会いに来るだろう。それが、一体いつになるのかはわからないけど。

 ミラの家でそのまま二日ばかり体を休めて、体力が完全に回復してから、ようやくアルバは家に帰った。

 ミラから何かしら連絡がいっていたのか、帰ってきた娘に、エルマは何も言わなかった。

 ただアイオスだけが「何かあったのか?」と聞いてきた。


「どうして?」

 

 アルバは逆に聞き返してみた。


「何かをやり遂げたような顔をしてると思ったんだが。私の思い違いかい?」


 その答えににっこりと笑って返す。


「何かあったけど、何とかなったのよ」


 それが一番最適な言葉に思えた。



   *



 アルバはいつもと同じように、井戸に水を汲みに出かけた。

 両手で持った桶。

 変色した煉瓦の石畳。

 全てが日常という名の枠の中に収められたかのように、変化のない日々。

 それが普通で、それが全てだ。この日常はふとした事であっという間に崩れてしまうと知ったから、アルバにとって変化のない日常は何よりも大事にするべきものだ。


 井戸の辺りまで来ると、アルバはついあたりに視線をはしらせた。

 あの出来事があってから、それが癖になってしまったようで確認せずにはいられない。

 けれど今のところ、何かあったためしはない。


「……あんな事が、そうそうあっても嫌だけどね」


 そう一人ごちて、紐が結んである備え付けの桶を井戸に放り込んだ。

 人形に脅されて、山の中を駆けずり回って、獣に襲われて崖から落ちる。どれ一つとってももう一度やりたいとは思わない。

 特にあの落下の感覚は、何とも嫌なものだった。できれば二度と味わいたくない。いや、獣に体当たりされるのだってもちろんごめんだ。

 

 からからと滑車が動いて、水音が聞こえた。

 紐を掴んで何度も引っ張る。引き上げた桶には透明な水が満杯に入っていた。

 水を見るたびに、あの光の泉を思い浮かべる。もう一度、機会があったら見てみたいが、今度はもうちょっと穏便な方法で行きたいものだ。

 あの泉ができるまでの光景は、思い返しても夢のようだ。

 アルバはそこまで考えて、諦めたように持ってきた桶に水をうつした。それをそのまま持ち上げて、その場できびすを返す。


 二歩三歩と井戸から離れ、しかしすぐに立ち止まる事になった。

 何かを勢いよく蹴ってしまった事に気づいたからだ。

 それは乾いた音をたてて石畳の上に落ちた。


「…………」


 何か、と問われたならば、それはどこから見ても一つの答えしか出せないものだった。


「……まさか」


 人形だった。

 姿形は、見知ったあの人形とは程遠い。髪の色は黒い毛糸、目の部分のボタンは青、茶色のチョッキにズボンといういでたちのそれは、男の子を模していた。


 しばらく、そのまま立ち止まってみた。

 当たり前だが人形は動きもしない。

 恐る恐る近づいて、上から覗き込む。

 やっぱり人形はぴくりともしない。ただ簡素な表情のまま石畳に転がっているままだ。


 少しだけ期待していた自分に気がついて、アルバは呆れて溜め息をついた。

 とりあえず桶を足元に置いた。何はともあれ、人形をそのまま放っておくのは気が引けた。

 蹴り上げてしまった罪悪感もある。

 拾い上げて、汚れを手ではたいてやった。今度こそ、きっと近所の子供の忘れ物なのだろう。おままごとにでもつき合わされているのか、少しくたびれている。


 なんとなく、そのまま人形を眺めた。


「……エプル」


 その名前がぽつりと出てきて、ああそうかと一人納得する。

 自分は寂しいのか、と。

 ほんの数日間、一緒にいただけの関係。

 助けた側と、助けられた側。最初はあんなに厄介でしょうがなかったのに、今はこんなにも寂しいと、感じている。別れた当初は全然平気だったのに、時間が経てばたつほど寂しさは大きくなっていく。

 普通じゃない事を求めているわけではなく。この平穏な生活に刺激が欲しいわけではない。


 ただ、寂しい。


 アルバは人形を井戸の側に座らせるように置いた。

 そして桶を持ち上げて、帰り道をのろのろと歩いた。


 人形はいつまでたっても、人形のままだった。




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