田野村豊は恋をしている
試作。
ある30代男性の独白。
田野村豊は30を過ぎて数年、日々仕事をこなし、趣味は多くはないが休日には書店をめぐるなど充実した生活を送っている。
一人暮らしも長くなったので家事もそこまで苦ではない。
今日も休日だからと朝から家の掃除をしつつ午後は買い出しに行こうか、ネットで見つけた美味しそうなレシピでも試してみようかと頭を巡らせていた。
ふと、机の上の郵便物が目に留まる。
大学時代の友人からの結婚報告のはがきだった。メールやSMSの時代に律儀だなと思う。
豊も数年前までは相手がいたが、お互いの多忙から自然消滅のように別れてしまった。
もともと一人の時間が苦ではないのでそれ以来恋愛からは遠ざかっている。
それに対してとくに思うことはないが、強いて言えば友人たちの多くは結婚をしたり仕事で遠くに住んでいたりと気軽に会うことが難しくなり、たまに孤独を感じることがあるくらいだろうか。
掃除もひと段落し、温かい飲み物で入れようとキッチンに立つ。
どれにしようかと棚を開けると手前に小さな紅茶の缶が目に入る。
それを手に取り、先日お土産としてこの紅茶の缶をくれた年下の友人のことを思い浮かべる。
友人の大きな手に持たれた紅茶の缶は今よりももっと小さく見えたものだ。
相手のお土産話の際の身振り手振りを交えてくるくると変わる表情や大きな口からたまに見える八重歯やなどを思い出してどこか心がそわそわとした。
香りのよい紅茶を楽しんでいると机に放置していたスマホが光っているのに気が付いた。
メッセージの通知を知らせており、確認すると先ほど思い出していた年下の友人からだった。
内容は急だが気になっている店があるのでこれから行かないかというものだった。
了承の返事をするとすぐに相手からも返事がきた。
先ほどまでの穏やかな時間が過ぎ去り、待ち合わせ時間が長いような短いような浮足立った気持ちになる。
慌ただしく出かける準備をしながら、寝ぐせはついていないか、何を着ていくか、年の近い友人でなくて自分でよいのか…。
もうすぐ会える友人のことを考えると思考が忙しなくなり世界が急に今までよりも鮮やかに感じるのだ。
田野村豊は年下の男に恋をしている。




