祝福解体師
その日は雨だった。石畳の隙間に溜まった水が街灯代わりの燭火を揺らしている。第三鐘区画。教会の鐘の音がぎりぎり届く外縁。貧民と屍体と病が積み重なる灰色の通り。そこの路地の奥で一人、男が膝をついていた。
「聞こえる……」
喉が裂けている。いや正確には裂けているだけではない。裂けた肉の奥で別の口が波打っている。歯のない赤黒い穴が男の喉の奥でゆっくりと開閉している。そこからは無意味な聖歌が絶えず垂れ流されていた。
「……鐘がなっている……」
解体師のエドは男の前で濡れた外套の裾を払った。
「それは耳鳴りだ」
「違う……ああ違うんだ……近い、神が近い」
男の背中が不気味に蠢く。骨が肌を突き破り、服を突き破り、枝のように伸び始める。枝からは果実のように無数の眼球が実っていた。
祝福化の中期といったところか。放置すれば周辺住民まで侵される。
エドは腰から剣を抜く。
断鐘剣と呼ばれるその剣は祝福者の骨や血肉を鍛え直して作られた解体師専用の武器だ。その剣の先を男の喉へ突き立てる。
「助けてくれ……」
「無理だ。すまない」
エドはまるで感情のない言葉を吐き、剣をずぶずぶと男の喉へ刺す。びくんびくんと男の体は不規則に痙攣する。
傷口からは血ではなく淡く光る白い液体が溢れて石畳を焦がしていた。エドは慣れた手つきで男に符を貼り、胸に祈祷釘を刺す。
男は最後まで笑っていた。
「見えるんだ……光が……」
そうして男は動かなくなった。
エドは息を吐く。
まだ二十代半ばだがこの仕事に就いて七年になる。その七年の間に先輩達はほとんどが死んだ。発狂、自殺、祝福化。この街に今も残っているのは片手で数えられる程度だろう。長生きのできない仕事。
その時背後で足音がした。
「終わったか」
教会の神官だ。鼻を布で抑えて気味悪そうにこちらを見ている。
「ああ」
「最近増えている。昨日だけで三件だ」
「珍しいことではないだろ」
神官は嫌そうに男の死体を見る。
「来い。司祭がお前を呼んでいる」
「今からか?」
「ああ。急ぎだそうだ」
エドは剣に付いた白い汚れを払い神官について行った。
―
中央聖堂は夜でも明るい。巨大な燭台が数十本も並び、香が絶えず焚かれている。信徒たちは跪き祈りを捧げている。
エドが通ると彼らは目を逸らす。解体師は嫌われる。神に近づき、祝福を受けたものを殺すからだ。
司祭室には若い司祭、デュークが一人居た。
「やあやあエド君来たようだね」
「要件は」
「そんな怖い顔するなって。君とボクの仲じゃないか。はいこれ」
机に置かれた書類をエドに渡す。
「第二聖女、リシアの監視及び解体……聖女?」
エドは眉を寄せた。
「ああ。最近祝福の兆候が見られるんだよ」
「そんなの教会が抱え込めばいいだろ」
「それが出来たら苦労しないさ。この仕事は君たち解体師にしか出来ないだよ」
演技のような笑顔の奥に少し疲れが滲んでいた。
「彼女は民から人気がある。出来るなら生かしておきたいがな。病を治し、雨を止め、死にかけた少年を蘇らせた」
「中期ってとこか」
「ああーそうなの?そういうのよくわかんないからさ。まあ……深入りはするなよ?」
軽い口調で言われたその言葉はやけに重く感じた。
「何が起きてる」
「さあ。でも近づいた神官の何人かは軽い祝福化の兆候があったから処理しといた」
「どの程度」
「耳鳴り、発光…あと夢の共有かな」
「リシアはどこにいる」
「旧祈祷区画だ」
廃棄された古い聖堂群。地下墓地へと繋がる地域だ。
「報酬は弾むぞ?」
「はいはいわかりましたよ」
「じゃ、頑張ってねー」
―
その日の旧祈祷区画はやけに霧が濃かった。古い石像は風化し、顔は削れている。貧民街の筈だがやけに人々は穏やかだ。
「最近腹が減らないんです」
痩せた女が笑いながら言う。
「夜になると声が聞こえて……」
目が淡く発光していた。
エドは舌打ちをする。
くそくそくそくそ
ここまで酷いとは思っても居なかった。子供達は聞き覚えのない聖歌を歌っている。一体誰に教わったのだろう。
その時右耳に痛みが走る。
耳鳴り、いや声が聞こえる。
『――近い』
エドは反射的に右耳を押さえる。七年前、初めて解体をした日から聞こえるようになった声。
大丈夫、まだ軽い。まだ……
そう自分に言い聞かせながら荒くなった息を整える。
―
リシアは廃棄された聖堂に居た。白い法衣を纏った少女。年は十七か十八か。その見た目はあまりに普通だった。
「あなたが解体師?」
その口から柔らかな声が響く。
「ああ」
「怖がらないのね」
「見慣れている」
リシアは少し笑う。
「皆、最近優しいの」
「祝福が回っているからな」
「それは……悪いこと?」
「普通はな」
リシアは祭壇に腰を掛けながら窓の外を眺めている。
「でも苦しんでないでしょう」
確かにそうだ。祝福化した人間は悪化すればするほど幸せそうになる。
それが気味悪かった。
「最近夢を見るの」
リシアが言う。
「すごく大きな、温かな光」
「光?」
「まるで目のような…」
エドの背筋が冷える。
「それがね、ずーっと呼んでるの」
少女はとても穏やかだった。狂っているようには見えなかった。祭壇の周囲には白く光る液体、祝福化した者の血液が広がっていた。乾いた血がまるで花弁のように床に広がっている。
「お前についていた護衛はどうした。死んだか?」
「死んでないわ」
「……何?」
「皆、祝福されたの」
リシアはゆっくりと立ち上がる。彼女の背中が僅かに膨らみその中で何かが蠢いている。
「解体しに来たのでしょう?」
「ああ、必要ならな」
「かわいそう」
エドはその言葉に怒りを覚えた。
「俺たちを化け物にしておいてか?」
「化け物?違うわ。皆近づいているだけ。あの光に」
エドは剣に手をかけた。直感はもう手遅れだと告げていた。だがその時。リシアが幻であったかのように消えてしまった。
―
地下の記録庫は冷えていた。古い紙の匂いと埃の匂いが鼻をつく。解体師には教会の記録を閲覧する権限がある。
祝福化の例と対処法を知るためだ。エドはここにリシアの症状について調べに来た。エドは古い記録をめくる。
第九聖女昇華、第二鐘騎士団集団祝福化、北方修道院全滅。どれもこれもが曖昧で何かを隠しているようだった。
「見つけたか」
背後から声がした。先輩の解体師のガルムだ。左目は眼帯に覆われて、耳にはピアスのように祈祷釘を刺している。
「お前まだ生きてたのか」
「俺もそう思う」
ガルムが笑う。
「聖女の件だろ?」
「知ってるのか」
「知ってるぜ。教会は隠したがっているようだがな」
ガルムは棚に寄りかかる。
「歴代聖女は全員ああなる」
「祝福化するってことか」
「違う。あれが完成形だ」
エドは顔をしかめる。
「目に続いて頭でもやられたか」
「そうかもな。最近ずっと聞こえるんだ。鐘の音が」
「お前も末期だな」
「怖いか?」
「そりゃ当然だろ」
「そうか。俺は少し楽しみだ」
エドは黙る。ガルムのその目は本気だった。
「なあエド。神は間違ってると思うか?」
「少なくともそれに近づいたものは壊れる」
「でも苦しんでいないじゃないか」
「それは人間じゃ無くなるからだ」
ガルムは小さく笑う。
「お前はまともだな」
「お前が壊れてるだけだ」
その時だった。地下に鐘の音が響く。
一回、二回、三回。
奥から誰かが祈る声が聞こえる。エドは剣に手をかける。
「今のはなんだ」
ガルムの笑みが消える。
「奥に行くな」
「何かがある」
「止まれ!」
エドは無視して奥へと進む。その奥には大きな扉があり、表面にはびっしりと符が貼られている。その隙間から光が漏れる。
「――来て」
リシアの声だった。
エドは符を剥がし、扉を押し開ける。
「エド!やめろ!」
扉の奥は地下礼拝堂だった。使われていない筈だが燭台には火がついている。
その奥、祭壇があるはずの場所には巨大な何かの骨がある。不気味だがどこか美しい白く湾曲した骨格。肋骨のような骨が天井まで伸びている。
神の遺骸。教会はこれを隠していたのだ。
「美しいでしょう」
ワンテンポ遅れてエドは反応する。気付かぬうちに見惚れていたようだ。
その骨の前でリシアが跪いている。背中からは白い腕が翼のように何本も伸びている。
「お前…」
「昔、遺跡でこれを見つけたの」
リシアは振り返る。その双眸は金色に光っていた。
「最初は怖かった。でも声を聞いたらわかったの」
少女は笑う。
「神は優しいと」
壁一面に人間が張り付いているのに気がついた。
神官、信者、祝福化した者。
肉が壁と融合し繭のようになっている。エドは吐き気を覚える。
「これが救済か」
「孤独が消えるの」
リシアが近づく。体が動かない。何かに恐れているように足がすくむ。
「痛みも恐怖も」
リシアの手がエドの頬に触れる。その背後で骨が振動する。鐘のような音が鳴る。
『――近い』
「あなたにも聞こえるでしょう」
その時ガルムの剣がリシアを掠める。
「起きろエド!」
咄嗟に剣を抜く。
「すまない、解体対象を確認」
自分に言い聞かせるように呟く。
「第二聖女リシア」
リシアは少し悲しそうだった。
「私は完成したのに」
次の瞬間白い腕が襲いかかってきた。
―
その戦いは戦いというより儀式だった。リシアは攻撃するつもりがない。その白い腕でただ触れようとする。
近づけば近づくほど頭に何かが入ってくる。
巨大な光、無数の目、鐘の音。
断鐘剣が軋む。その時エドは腕を切られたがその直後には腕が治っている。明らかに祝福化が進行していた。
「エド飲まれるなよ!」
「くそっ、やめろリシア!」
エドは吠えた。
「俺を巻き込むな!」
「怖いの?」
「当たり前だ!」
リシアは泣きそうな顔で笑う。
「大丈夫。皆最後には安心するから」
白い腕がエドの頬に触れる。その瞬間映像が脳に流れ込む。無数の人間が祈っている。肉体が光に溶けていく。そしてそこにはなにか巨大な存在がいる。認識できない何か。理解しようとするが脳が拒絶する。
だが愛されているのはわかった。
エドは絶叫しながら剣を振る。断鐘剣がリシアを貫いていた。
地下に鐘の音が響く。リシアの体が崩れていく。
「あ……」
少女の目から金色の光が消える。何かから解き放たれたようだ。
「怖かった……」
とても小さな声だった。リシアは涙を流していた。
「ずっと声が止まらなくて……」
「助けてって……言えばよかった……」
少女はエドの腕の中で消えてなくなった。エドは剣を持ったままそこに立ち尽くしている。
―
地下礼拝堂は封鎖された。教会は発表する。
「第二聖女は天に召された」
街の祝福化と徐々に収まった。だが完全には消えていないようで夜になると遠くから聖歌が聞こえる。
エドは自室へ戻った。狭い部屋には机とその上に酒瓶が一つ置かれている。外では雨が降っている。
首元に瞼の形をした紋様が浮かんでいる。それがゆっくりと開き、中から金色の瞳が現れる。
『――近い』
声が耳元がした。
エドは目を閉じる。
教会の鐘が鳴る。
遠くで誰かが祈っている。
―
翌日から解体依頼は爆発的に増えた。
市場の肉屋、鐘楼の管理人、孤児院の子供。祝福化は街の奥でゆっくりと進んでいた。
エドは昼も夜も剣を振るっていた。
ある老婆は誰かの腕を抱きながら笑っていた。
「最近ねぇ、死んだ夫の声が聞こえるのよ」
腕の皮膚の下で何かが蠢いている。
エドは何も言わず淡々と剣を振るう。断鐘剣は祝福を断てる。たがそれは完全ではなかった。切るたびに声が移る。解体師が短命な理由はそれだった。
夜、教会裏の酒場でガルムが酒を飲んでいた。
「エド、顔色悪いな」
「それはお互い様だ」
エドは向かい側に座る。酒場にはエドとガルム以外客は居なかった。
「街が壊れ始めている」
「もう壊れてたんだろ」
ガルムは笑う。
「俺たちは蓋をしてただけさ」
「地下の骨、あれは一体なんなんだ」
「知らん」
「嘘つけ」
「少ししか知らん」
ガルムはそういうと一気に酒を飲み干す。
「昔、この街の地下で遺跡が見つかった。教会はそこから神骸を掘り出した」
「神骸……」
「祝福の源だ」
「つまり教会は神の死体を利用してるってことか」
「奴は神だ。死んでる保証はない」
エドは黙る。
ガルムの右頬が僅かに裂ける。その下で小さな目玉が蠢いていた。
「お前それ……」
「ああ、そういうお前も首元……」
「怖くないのか」
「怖いさ。でもな……」
ガルムは笑う。
「最近少しだけわかるんだ。あいつらに悪意はないって」
「だから余計にタチが悪いんだろ」
「はっ違いねえ」
外で鐘が鳴る。燭台の炎が揺れる。その直後、酒場の外から人が入ってきた。
「声が……声が聞こえる……」
その男の背中が膨らみ腕が花弁のように生える。エドは反射的に剣を抜き、男を切る。光が辺りに飛び散る。壁に付着した光が目の形になる。
「増殖してやがる」
ガルムから笑みが消える。
―
教会上層部は厳戒令を敷いた。
夜間外出禁止、旧祈祷区画封鎖、祝福者の即時処分。
だがもうすでに遅かった。人々は祝福を恐れていない。むしろ受け入れていた。皆どこか幸せそうだった。
中央広場では神官が演説をしていた。
「祝福は試練である!」
だがその神官自身の首には目の紋様が浮かんでいる。もう誰もまともじゃない。
その夜エドは司祭に呼び出された。
「地下礼拝堂を見たそうじゃないか。どうだった?」
「……隠してたのか」
エドはデュークを睨む。
「教会は知っている。数百年前からね」
「は?何を」
「祝福の正体をさ」
デュークは一冊の本を渡す。
『光輪顕現記』
「昔、この地に天より堕ちたものがある」
「神か」
「さあ。誰にもわからない。だけど、だけどねそれで人々は奇跡を得たのさ。病は消え、飢えは減り、戦争は終わった」
「代わりに人々は壊れたと」
「その通り。だから我々教会は祝福を管理し解体師を作り、汚染を抑えたということさ」
「失敗したな」
「いやーこんなことになるとはね。リシアは繋がりすぎた。あれは門だ。もっと早く手を打っておけばこんなことにはならなかっただろう」
「門?」
「もっと大きなものが来る」
その時部屋の窓が割れた。外から聖歌が響く。広場は人々で埋まっていた。全員が空を見ている。エドもそれにつられて視線を向ける。
空に巨大な光輪が浮かんでいた。月よりも遥かに大きくそれはゆっくりと振動していた。
『――見つけた』
頭に声が響く。エドは膝をついた。人々は泣きながら祈っている。司祭が窓から叫ぶ。
「目を逸らせ!」
だが遅かった。広場にいた人々の体が一斉に裂ける。白い腕と瞳が咲く。まるで花畑のようだった。
―
街は地獄となった。街中で化け物が祈りながら闊歩し、それを見たものも化け物になる。瞬く間に街中に蔓延した。
エドは解体師たちと共に区画封鎖へ向かった。だが人手があまりにも足りなかった。
「東区画崩壊!」
「神官部隊全滅!」
怒号が飛び交う。石畳は祝福者の血で染まり壁一面に瞼が広がっている。
エドは剣を振り続けた。だが終わる気配は一向に感じなかった。その時ガルムが現れた。
だがその時には人の姿をしていなかった。肩からは白い腕が生え、眼帯で覆われてたはずの左目は金色に輝いている。
「ガルム!」
「エド」
男は笑う。
「はははっ……はぁ……俺はもうだめだ」
「まだ……何か手があるはずだ」
ガルムは静かに首を振る。
「もうひと思にやってくれ」
「黙れ」
エドの手には剣が握られていたが振れずにいた。
「頼む。少しでも人間のまま死なせてくれ」
「すーっ……はぁ……わかった」
エドは深呼吸をして剣を振り上げた。ガルムは最後まで笑っていた。
―
エドは再び地下の礼拝堂へと向かっていた。そこに答えがあると信じて。
礼拝堂にあった骨はさらに大きくなり僅かに脈動していた。そしてその中心にはなぜか死んで居なくなったはずのリシアの姿があった。
『――近い』
声が響く。骨の隙間から巨大な目がのぞいていた。だがそれを直視することはできなかった。それを見たら自分が自分ではなくなってしまう気がした。
エドの右上に紋様が走る。剣を握る手が震える。楽になりたいとその時思った。痛みも恐怖もなくなる。だがそれは甘い誘惑だとも同時に思っていた。
エドは覚悟を決めて叫びながら骨に剣を振り下ろす。地下に轟音が響き渡る。その時骨の中心でリシアが目を開けた。
「……エド?」
それが幽霊なのか幻なのかはわからなかったがその顔、その声は紛れもないリシアだった。だがエドはその声すら無視しさらに剣に力を込める。
「黙れ!」
エドは叫ぶ。だがその時断鐘剣が砕けてしまった。だが同時に骨も砕けた。巨大な瞳は消え、光輪が空から消える。
街に静寂が訪れた。
―
三ヶ月後
街は復興を始めていた。
死者は多かったが教会は事件を隠蔽した。
新しい聖女も選ばれた。
鐘は今日も鳴っている。
エドは相変わらず解体師を続けていた。祝福者は減ったがゼロではなかった。
ある夜、エドは依頼を済ませて自室に戻る。鏡を見ると首にあった瞼は増えていた。右耳では鐘が鳴っている。
外から聖歌が聞こえる。
―
エドが初めて祝福者を見たのは十五の時だった。同時は解体師ではなく貧困街で盗みをしていた。
ある冬だった。
雪の積もる路地で一人、神官が倒れていた。腹を裂かれ、内臓は石畳に溢れていた。だが神官は笑っていた。
「……素晴らしい」
腹の中で白い腕が動いていた。エドは逃げた。その日から夢を見るようになった。巨大な光、巨大な瞳、それに向かって祈る人々の夢。
数週間後、エドは教会に拾われた。教会には解体師の適性があると言われた。
―
解体師の養成所は墓地の隣にあった。
毎日死体を見た。
毎日祈りを聞いた。
毎日人が壊れるのを見た。
同期だったレオはある日、祝福化した少女の解体の任務を受けた。それがあまりに苦痛だったのだろう。三日後に辞め、一週間後に首を吊った。十六歳だった。
次に壊れたのは教官だった。
祝福者の解体をしているときに突然声が聞こえると言い出し、直後に自ら喉を剣で切り裂いた。その死体の解体は俺がやったのを覚えている。
肉を切る感触が三日三晩残っていた。苦痛と喜びに歪んだ顔が脳裏に焼き付いた。心の底から死んでしまいたいと思った。
―
復興した街は夜も静かだった。人々は以前より祈るようになった。あの事件の記憶が残っているからだ。
教会は以前よりも権力を強めた。祝福を制御できるのは教会だけだと宣言した。
だがエドは知っている。教会自身がすでに壊れていると。
ある夜デュークが死んだ。死因は心不全だそうだ。棺桶の中で彼は笑っていた。胸の奥から鐘の音が聞こえる。死体の解体はエドが担当した。
「……あんたも聞こえてたんだな」
男の胸を開く。心臓の代わりに金色の目が脈打っていた。エドが剣を突き刺すと目はばらばらに砕けた。その瞬間デュークの顔から笑みが消えた。
まるで長い悪夢から目覚めたように。
―
冬の終わり。新しい解体師が配属された。
十六歳の少女。名前はセナ。
「よろしくお願いします!」
生き生きとしたとても元気な声で挨拶してきた。エドは煙草に火をつける。
「辞めとけ」
「なんでですか?」
「長生きできないからだ」
「でも誰かがやらなきゃ行けないでしょう?」
その真っ直ぐな眼差しにエドは何も言い返せなかった。だが昔の自分を思い出して少し苛立った。
「理想だけで続く仕事じゃない」
「それでもです」
セナは笑った。エドにとってその笑顔は眩しすぎた。その笑顔にエドはリシアを重ねていた。
「それに祝福者に襲われたとき解体師が救ってくれたんです」
エドは黙る
「だから……かっこいいなって」
セナは少し恥ずかしそうにそう言った。
「先輩?なんで泣いてるんですか?」
「え?いや泣いてなんか」
目が熱い。煙草を持っていた手には大粒の水滴が溢れていた。目元を服で拭う。
「変なやつだな……解体師をかっこいいって言うなんて」
「なんですか?悪いですか?」
「いいや、悪くないさ……死ぬなよ。絶対」
「もちろんですよ!」
―
その夜エドは夢を見た。暗闇、鐘、巨大な光。それらは以前よりも近く感じた。はっきりとその姿が見えてしまうほどに。
『――もうすぐ』
目が覚めると服が汗で肌に張り付いていた。右腕には新しい紋様が浮かんでいる。侵食は止まっていない。
エドは窓を開けた。遠くで鐘が鳴っている。街のどこかでは誰かが祈っている。それはきっと止まらない。
解体師の仕事も終わらない。明日生きているか、人間でいられるかもわからない。だが彼らは今日も剣を握る。
人間であるために。




