とある交渉(ショートショート)
とある交渉
あぁ、気が重い。この季節が今年もやって来た。僕は、悲嘆にくれる。
外交交渉部・交渉課と言えば聞こえは良いが、捕獲量の枠を巡って相手方からネチネチと嫌味を言われ、胃薬が手放せないというのが本当のところだ。しかし、我々にとっては死活問題であるからにして、誰かがやらねばならぬ仕事である。
大きな正門をくぐり、これ見よがしの大袈裟な白い建物に入る。出迎えた者の案内で、僕はいつも通りの交渉室へと赴いた。床に敷かれた絨毯は、フワフワと雲の上を歩いている気分である。しかし、それがかえって僕の心に重くのしかかった。
「早速ですが、今年の捕獲目標量について……」
交渉室へ入った僕は、既に待っていた相手に通り一遍の挨拶をし、いつものように交渉のテーブルへとついた。
嫌な事は、早く終わらせるに限る。そう考えた僕は、すぐに本題へと入った。こちらの希望を出来るだけ客観的資料に基づいて説明し、相手の出方を見る。
あぁ、そろそろいつも通りの皮肉が出るんだろうな。
僕は覚悟したものの、相手方の顔は穏やかだ。それをかえって不気味にも感じつつ、僕は一気に資料の説明を完了する。
「はい、わかりました。当方は、それで結構です」
相手方の答えに、僕は耳を疑った。
こちらの言い分がスンナリ通るなんて、今まで只の一度もなかったからだ。おまけに、目の前の交渉相手は相も変わらず非常に穏やかな表情をしている。これも初めての経験だ。大抵は、侮蔑のこもった顔つきになるものだのだが……。
「あ、あの……。本当に、これでいいんですか?」
余りの出来事に、思わず余計な言葉が口をついた。
「はて? そちらの希望通りで、何か都合の悪い事でも?」
普通に考えれば、至極真っ当な返答である。
「あ、い……いえ……!」
まずい、まずいぞ。下手に機嫌を損ねたら、捕獲量を大幅に減らされてしまうかも知れない。
だが、僕の目の前にいる天使は、依然として穏やかな表情をしていた。
「まぁ、いつもはそちらの希望通りにとはいきませんから、あなたの反応は無理もないでしょう。
……ふふっ。あなたはとても真面目な悪魔のようですから、特別にお話しいたします。
簡単に言えば、方針が変わったのですよ」
相手が幾らニコやかであっても、神の御使いである天使と悪魔役人との関係は、ヘビとカエルそのものだ。僕は警戒を怠らないいように気をつけながら、おずおずと彼に尋ねる。
「当たり前の話ですが、人間と契約を結んで、彼らの死後に我ら悪魔が魂を取ってしまったら、その者は生まれ変われません。
いまご了承いただいた数ですと、それなり以上に人間の数は減ってしまいますが、それで、よろしいので……」
人間は、神の創造物だ、我らはその一部を分け与えていただき、細々と生を繋いでいる身分である。それをかさに着て、今までは慈悲だとか、命の大切さだとか、散々説教をされた上で、やっと一定量の魂を捕獲する許可を得ていたのに……。
「人間は増えすぎました。世の中をごらんなさい。一部の金持ち連中は別として、多くの者が人口爆発に苦しんでいます。
ここら辺で、思い切った削減をする計画が天界で持ち上がったのですよ。そりゃ、ノアの箱舟よろしく、大洪水でも起こせば手っ取り早いのですが、それでは余りに可哀想でしょ?
ですから、あなたたちに頑張ってもらって、自然減を狙う計画となったのです。
人間は自らの欲望を満たした上で、自覚なく減っていきますし、あなた方は多くの魂を得られる。そして私たちも、人間たちに恨まられないで済む。人間に言わせれば”ウィン・ウィン・ウィン”というところでしょうね。
ま、これも人間とあなた方に対する”慈悲”ってもんですよ」
天使がしたり顔で、悪魔を見下ろした。
【終わり】




