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瑞希ちゃんの場合

お母さんと瑞希ちゃんが、カフェ・エスポワールを訪れたのは、梅の花が満開になった頃だった。


近所の商店街にお買い物に来て、帰りがけに初めてこのカフェに寄った。

優しそうな隼人店長に案内された席からは、壁に飾られた子どもの絵がよく見えた。


「あの……これを描いた人は、よくこのお店に来るんですか?」

瑞希ちゃんは、勇気を出して隼人店長に聞いてみた。


「はい。ちょうどあなたぐらいの男の子です。

絵が好きで、よくここで描いて行くんですよ。」


「まぁ、瑞希も絵が好きだから、似てるわね。」

瑞希ちゃんのお母さんが微笑みながら言った。


「うん。」

瑞希ちゃんは、頷いた。


「あの……私の絵もここに持ってきたら飾ってもらえますか?」


「勿論ですよ。いつでも持ってきてくださいね。」

隼人店長の言葉に瑞希ちゃんの顔はパッと明るくなった。


「良かったわね、瑞希。」


「私……お家で描いた絵、持っていきたい。」

瑞希ちゃんは頬を紅潮させてお母さんを見た。


瑞希ちゃんには、喘息の持病があって学校を休みがちだったが、家で絵を描いている時間は瑞希ちゃんにとって一番楽しい時間だった。


それから数日後……。


カフェの扉を押して瑞希ちゃんが一人で店内に入ってきた。

「店長さん、これ……私の描いたマルちゃんです。飾ってもらえますか?」


学校帰りの瑞希ちゃんが、少し緊張した面持ちで画用紙を差し出した。


そこには、たくちゃんの力強い絵とはまた違う、色鉛筆で丁寧に描かれた「まん丸な目」のマルちゃんがいた。


「もちろんだよ。すごく可愛いね。……マルちゃんは、瑞希ちゃんが帰るのを家で待ってるの?」


「うん。本当は、マルと一緒にここに来たいんだけど……無理だから。

ここに絵を飾ってもらったら、マルもお店にいられるでしょう?」


瑞希ちゃんの真っ直ぐな気持ちを聞き、隼人店長は考えた。


エスポワールは「誰もが自分らしくいられる場所」でありたい。

もし、大切な家族である犬と一緒にいることが、その人の「自分らしさ」なのだとしたら……。


その日から、隼人の奔走が始まった。

 

まずは保健所だ。

何度も足を運び、店内の衛生管理を徹底するためにテラス席の入り口を独立させる案を相談した。


「きちんとルールは守ります。

お客様にとってもワンちゃんにとっても安心な場所に必ずしますから。」と担当者に熱心にお願いし、許可を取った。


次にご近所への挨拶。ここで頼りになったのは、常連の飯倉さんだった。


「店長の竹村さんは、公認心理師として街の人の心も支えてくれている。このテラスができれば、もっと救われる人が増えるんだよ。」


長年、この街で几帳面に生きてきた飯倉さんの言葉には重みがあった。


近所の人々も「竹村さんのところなら、騒がしくなることもないだろう」と快く頷いてくれた。


そして一番の驚きは、エスポワールの斜め向かいにある「小林工務店」の店長の小林さんからの申し出だった。


「隼人さん、あの自転車置き場をデッキにしたいんだって?

良かったら、材料費だけで、うちが工事するよ。」


「本当ですか?いいんですか、それで……。」


「うん。いつも家内がエスポワールで楽しませてもらっているからね。

友だちとカフェに行くのが一番の楽しみらしいよ。

俺も隼人さんが淹れる珈琲、好きだしね。」


「ありがとうございます。

では、お言葉に甘えさせてもらいます。」

隼人店長は、感激して何度も小林さんに頭を下げた。


そして、桜が咲く頃に……

かつての自転車置き場と小さなデッドスペースに、香りの良いヒノキのウッドデッキが完成した。


通りに面したその場所には、二つの小さなテーブルが置かれた。


リードをかけるフックも用意されている。

隼人店長がワンちゃんの喉に負担がかからない高さを細かく測って小林さんに頼んだものだ。


「Dog Friendly Terrace OPEN」と書かれた、飯倉さん手作りの小さな木の看板も掲げた。

飯倉さんは、水彩画も描くが、ちょっとした物を手作業で仕上げるのが得意だった。


隼人は出来上がったテラス席を眺めて

「良い場所になったなぁ。」と満足そうに目を細めた。


その日の午後、最初に現れたのは、小さな相棒を連れた瑞希ちゃんだった。

「店長さん、マルを連れてきたよ!

マル、ここが私の大好きなカフェだよ。」


尻尾をご機嫌に振るトイプードルのマルちゃんと、それを嬉しそうに見つめる瑞希ちゃん。


「良かったね、瑞希。」

横でお母さんもニコニコと笑っていた。


エスポワールの新しい歴史が、春の優しい風と共に動き出した。


「お~い、隼人。

うちのポメラニアンのクウも連れてきたぞっ。」


隼人店長の親友、勇太さんも奥さんの佐織さんとやってきた。


「勇太、佐織ちゃん、いらっしゃい。」

隼人が挨拶する。


「あ~、二人とも来てくれたんだね!

クウちゃん、いつ見ても可愛い~っ。」

咲耶もテラスに出てきて、勇太夫婦を歓迎した。


「だろう?クウはすっごく可愛いんだよ。」


「もう、すっかり親バカで……。」 

勇太の方を見て笑う佐織。 


隼人と咲耶もつられて笑っていた。


早速、テラス席のテーブルは埋まり、マルちゃんとクウちゃんも、飼い主さん同士も仲良くなっていた。


こうしてカフェ・エスポワールには、人間の友だちである犬たちも訪れるようになり、癒しの場、交流の場として広がっていくことになった。


季節の良い時期、限定ではあるが、このテラス席でも色々なドラマが生まれそうだなと隼人は思っている。



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