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舞茸と七輪  作者: 双鶴


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9/11

8話

「私、どこかに爆弾を仕掛けた気がする」


その言葉が七輪の煙よりも濃く、真壁の胸に残っていた。

火箸を握る手が、わずかに止まる。

秋刀魚の皮が焦げ、脂が炭に落ちる音だけが、店先の空気をつないでいた。


「それは……いつ頃の話ですか?」


千遥は火を見つめたまま、答えなかった。

代わりに、舞茸を網の端に寄せ、焼き色を確かめるように指先で触れた。


「わかりません。夢だったのかもしれない。でも、感触があるんです。手の動きとか、金属の冷たさとか」


真壁は、湯呑みに残った茶を飲み干した。

そして、整のように、雑談の形を借りて、記憶の糸を探り始めた。


「そういえば、爆弾って、語源はラテン語の“bombus”で、“うなる音”って意味らしいですよ」


「うなる音……」


「つまり、音から始まるんです。記憶も、音で蘇ることがある。たとえば、金属音とか」


千遥は、バッグに目を落とした。

「この音、ずっと気になってたんです。何かを思い出しそうで」


「じゃあ、音から辿ってみましょう。金属音。どんな場面で聞いたことがありますか?」


「理科室。工具箱。あと……祖父の作業場。時計を分解してたとき」


「時計。時間を扱う道具ですね。爆弾にも、時間が関係する」


「タイマー……そうだ、タイマーを触った記憶がある。白いケースで、数字が赤くて」


「それは、いつの記憶ですか?」


「大学の頃……たぶん。研究室。実験装置。いや、違う。もっと暗い場所。誰かと一緒だった」


真壁は、七輪の炭を整えながら、言葉を選んだ。


「爆弾は、破壊の道具ですが、仕掛ける人間の意図は様々です。怒り、警告、あるいは……止めるため」


「止める……」


「あなたが言ってましたね。“誰かを止めたかったのかもしれない”と」


千遥は、舞茸をひっくり返した。焼き色が均一だった。

「その誰かが、何をしようとしていたのか、思い出せないんです。でも、私は止めたかった。火を使って」


「火は、制御の象徴でもあります。爆弾は、制御された破壊。あなたは、暴走を止めるために、火を使ったのかもしれない」


「でも、それがどこだったのか、いつだったのか……」


真壁は、棚の奥から一冊の本を取り出した。

『火と記憶』——戦後の随筆集。焼け跡と再生について綴られていた。


「この本に、こんな一節があります。“火は、忘却の道具ではない。炙り出すための光だ”」


千遥は、七輪の火を見つめた。

煙が、夕暮れの空に溶けていく。


「じゃあ、私の記憶も、炙り出せるかもしれない」


「ええ。急ぎましょう。火が消える前に」


千遥は、バッグを開けた。

中には、小さな白いケースが入っていた。

真壁は、それを見て、言葉を失った。


「これ……タイマーですか?」


「たぶん。私が仕掛けたものかもしれない。でも、どうして、どこに……」


七輪の火が、パチリと音を立てた。

その音が、記憶の奥にある何かを、さらに炙り出そうとしていた。


七輪の火は、まだ赤く灯っていた。

舞茸の香りはすでに空気に溶け、秋刀魚の脂が炭に落ちる音だけが、店先の静けさをつないでいた。


真壁は、火箸を置いた。

千遥の「爆弾を仕掛けた気がする」という言葉が、煙のように頭の中を漂っていた。


「千遥さん、記憶って、直接触ろうとすると逃げます。だから、少し遠回りしましょう」


「遠回り……ですか?」


「ええ。たとえば、きのこの話から始めてみましょう。舞茸って、菌糸が地下で何年も広がって、ある日突然、地上に姿を現すんです」


「爆弾みたいですね。見えないところで準備して、ある瞬間に現れる」


「そう。でも、菌糸は繋がってる。記憶も同じです。今見えてるのは、ほんの一部」


千遥は、七輪の火を見つめた。

「じゃあ、私の中にも、菌糸みたいな記憶が広がってる?」


「ええ。たとえば、音。金属音。それはどこから?」


「祖父の作業場。時計の分解。あと、研究室。工具の音。……でも、最近聞いた気がする」


「最近?」


「……地下。コンクリートの床。誰かと一緒に。白いタイマー。赤い数字。金属の蓋」


真壁は、息を飲んだ。

「それは、夢ですか?」


「違います。現実。たぶん、先週。11月の初め。誰かに言われたんです。“君ならできる”って」


「その場所は?」


千遥は、目を閉じた。

七輪の火が、パチリと音を立てた。


「地下通路。駅の近く。灰色の壁。配管の音。……新宿。西口の地下広場」


真壁は立ち上がった。

「それは、今日の爆破予告の場所です」


千遥は、震える声で言った。


「私……本当に仕掛けたのかもしれない。記憶が、戻ってきた。断片じゃなくて、映像で」


真壁は、七輪の火を見つめた。

煙が、夕暮れの空に溶けていく。

それは、ただの秋の香りではなかった。

記憶の炙り出しだった。


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