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舞茸と七輪  作者: 双鶴


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8/11

7話

七輪の炭は、まだ赤く灯っていた。

秋刀魚の香りはすでに空気に溶け、舞茸の焦げた縁が、かすかに甘い匂いを残していた。

神保町の午後は、夕暮れに向かって静かに傾いていた。


真壁は、湯呑みに残ったほうじ茶をすすりながら、七輪の火を見つめていた。

千遥は、火の揺れをじっと見つめたまま、しばらく口を開かなかった。


「そういえば、舞茸って、昔は“幻のきのこ”って呼ばれてたんですよ」


真壁が、ふと思い出したように言った。


「え?」


「天然物は、見つけると舞い上がるほど嬉しいから“舞茸”。江戸時代は、見つけた場所を秘密にするのが常だったそうです」


「へえ……秘密の場所」


千遥は、火から目を離さずに呟いた。


「秘密って、守るのが難しいですよね。自分の中にあるものほど」


「そうですね。隠してるつもりでも、ふとした拍子に、香りのように漏れてしまう」


「香り……」


千遥は、七輪の上に手をかざした。

火の熱が、掌にじんわりと伝わる。


「私、昔、理科の実験でアルコールランプを倒したことがあるんです。机が焦げて、先生にすごく怒られて」


「火傷は?」


「しませんでした。でも、あのときの匂い、今でも覚えてるんです。焦げた木と、アルコールのにおい」


「それは、強い記憶ですね。嗅覚は、記憶と直結してますから」


「そうなんですね。じゃあ、私がここに来ると火のことを思い出すのも、香りのせいかも」


「あるいは、火があなたに語りかけているのかもしれません」


千遥は、少し笑った。

「火が語るなら、何を言うんでしょうね。“まだ終わってない”とか?」


「あるいは、“思い出して”かもしれません」


沈黙が落ちた。

七輪の炭が、パチリと音を立てた。


「真壁さん、火って、何度くらいで爆発物が反応するか知ってますか?」


唐突な問いだった。

真壁は、少しだけ間を置いて答えた。


「種類によりますが……感度の高いものなら、200度前後で反応するものもありますね」


「七輪の炭って、何度くらいですか?」


「600度から800度。場所によっては1000度を超えることもあります」


「じゃあ、十分ですね」


「……何に対して?」


千遥は、火を見つめたまま答えなかった。

代わりに、別の話を始めた。


「この前読んだ本に、“火は記憶を焼く”って書いてありました。

でも、私は逆だと思うんです。火は、記憶を炙り出す」


「それは、面白い考えですね。炙り出し文字のように」


「そう。見えなかったものが、熱で浮かび上がる。私の中にも、そういう記憶がある気がして」


真壁は、湯呑みを置いた。

「それは、どんな記憶ですか?」


千遥は、しばらく黙っていた。

そして、火の揺れを見つめながら、ぽつりと呟いた。


「私……どこかに爆弾を仕掛けた気がする」


風が吹いた。

七輪の煙が、ふわりと揺れた。

その匂いは、もうただの秋の香りではなかった。


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