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舞茸と七輪  作者: 双鶴


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7/11

6話

神保町の午後は、静かだった。

風は冷たく、銀杏の葉はほとんど散り、通りの色彩は落ち着いた茶と灰に変わっていた。

古書店「文月堂」の店先には、小さな七輪が置かれていた。

真壁が物置から引っ張り出し、炭を組み、火を起こしたのは昼過ぎのことだった。


炭が赤くなり始めると、空気が少しだけ動いた。

火箸で炭を整えながら、真壁は秋刀魚を網に並べた。

香りが立ち上がる。脂の焼ける匂いが、紙の匂いと混ざり合い、店先を秋の気配で満たした。


千遥が現れたのは、午後三時半。

コートの襟を立て、手には小さな包みを持っていた。


「舞茸、持ってきました。焼いてみたくて」


「いいですね。炭火は、香りを引き出すのが得意です」


七輪の火は、ちょうど良い具合だった。

舞茸が網に乗ると、ジュッという音がした。

煙が立ち上がる。銀杏の葉をくぐり、通りへと流れていく。


「煙って、記憶を運びますね」


「ええ。香りは、過去を呼び戻す力があります」


千遥は、火を見つめながら言った。

「ここに来ると、何かを思い出せる気がするんです。火に纏わる何か。でも、それが何なのか、まだわからなくて」


真壁は頷いた。

「火は、静かに語りますから。急がなくていい」


秋刀魚の皮が弾け、脂が炭に落ちる。煙が濃くなる。

通りを歩く人が、足を止めて香りに目を向ける。

それは、穏やかな午後の風景だった。


──だが、空気が変わったのは、その直後だった。


通りの向こうから、警察車両のサイレンが聞こえた。

遠くで、拡声器の声が響く。「この周辺で不審物の情報がありました。ご協力をお願いします」


真壁は、火箸を止めた。

千遥は、煙の向こうを見つめていた。目は動かない。


「何か、あったんですか?」


「わかりません。でも……」


千遥は、バッグを少し持ち上げた。中から、微かな金属音がした。

真壁は、音の正体を尋ねることはしなかった。だが、心の奥に小さな火種が灯った。


「火って、準備がすべてですよね。爆発は、準備の結果です」


真壁は、言葉を失った。

七輪の火が、静かに揺れていた。

秋刀魚の皮が焦げ、煙が濃くなる。


「火は、使い方次第で、記憶にも、破壊にもなる」


千遥の声は、静かだった。だが、その静けさが、逆に緊張を生んでいた。


真壁は、七輪の火を見つめた。

煙の向こうに、何かが立ち上がっている気がした。

それは、香りではなく、気配だった。


そして、千遥は言った。


「私、どこかに爆弾を仕掛けた気がする…」


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