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舞茸と七輪  作者: 双鶴


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5/11

4話

神保町の午後は、陽が傾き始めていた。

通りの銀杏はすっかり色づき、風に乗って舞う葉が、店先の文芸誌の表紙に重なった。

真壁は、店内の空気を整えるように、ほうじ茶を淹れていた。紙と茶の香りが、秋の静けさを深めていた。


扉が開いたのは、午後三時半。

千遥が、前回よりも少し早い時間に現れた。

コートの色は深いグレー。手には、紙袋がぶら下がっていた。


「こんにちは。今日は、焼き色の話をしに来ました」


「焼き色、ですか?」


「ええ。舞茸を焼いていて思ったんです。焼き色って、温度と時間の掛け算なんですね」


真壁は笑った。

「確かに。火加減とタイミングがすべてです」


「でも、焼き色って、ただの見た目じゃないですよね。香りも、食感も、全部そこに集まってる」


「焼き色は、料理の記憶です。火との対話の痕跡ですから」


千遥は、紙袋から小さなタッパーを取り出した。

中には、綺麗に焼かれた舞茸が並んでいた。焦げ目は均一で、香りがふわりと立ち上った。


「試食、いかがですか?」


真壁は驚いたが、丁寧に受け取った。

一口食べると、香ばしさと旨味が広がった。火の扱いが見事だった。


「これは……素晴らしいですね。焼き色も、香りも、完璧です」


「ありがとうございます。最近、焼くことに夢中で。煮るより、炒めるより、焼くのが好きです」


「焼くのは、火を直に扱うからでしょうか」


「そうかもしれません。火って、制御できると気持ちいいんです」


その言葉に、真壁は少しだけ胸がざわついた。

火への執着が、料理の域を超え始めている気がした。


「最近、ニュースで爆破予告の話を見ました。都内のオフィスビルに、同時に予告が届いたって」


「ええ。11月11日、午後4時に爆破するって。複数の企業に同じ文面が送られたそうですね forest-life-...」


「火って、使い方次第で、料理にも破壊にもなるんですね」


「……そうですね」


千遥は、バッグを少し持ち上げた。中から、微かな金属音がした。

真壁は、音の正体を尋ねることはしなかった。だが、心の奥に小さな火種が灯った。


「焼き色って、予兆みたいですよね。何かが変わる直前の、境界線」


「料理では、香ばしさの始まりです」


「でも、火事では、始まりの合図かもしれません」


沈黙が落ちた。

外では、風が少し強くなっていた。

千遥は、文庫本を一冊手に取った。『焼き色の記憶』——料理と火にまつわる随筆集だった。


「これ、読んでみます。焼き色って、記憶に残るから」


「気をつけてくださいね。火は、記憶を焼くこともありますから」


千遥は会計を済ませながら、ふと口元に手を添えた。

「また、焼いてみます。もっと、深く」


「焼きすぎないように」


扉が閉まると、店内は再び静かになった。

真壁は、棚を見渡しながら、胸の奥に残った違和感をそっと抱えた。

それは、焼き色のように、じわじわと広がる予兆だった。


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