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舞茸と七輪  作者: 双鶴


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4/11

3話

神保町の午後は、陽射しが傾き始めていた。

通りの銀杏はさらに色づき、風が吹くたびに葉が舞った。

古書店「文月堂」の店先には、落ち葉が一枚、表紙の上に乗っていた。


真壁は、店内の空気を整えるように、ほうじ茶を淹れていた。

紙の匂いと茶の香りが混ざるこの空間は、季節の移ろいを静かに受け止めていた。


扉が開いたのは、午後四時を少し回った頃だった。

千遥が、少しだけ息を切らした様子で入ってきた。


「こんにちは。すみません、前に買った本、どこに置いたか忘れちゃって」


「『きのこのある日』でしたね。読みましたか?」


「それが……読もうと思って、バッグに入れたはずなのに、どこにもなくて。家中探したんですけど」


真壁は笑った。

「本は、時々隠れますからね。読み手の気持ちを待ってるのかもしれません」


「そうかもしれません。最近、ちょっと物忘れが多くて。コンロの火も、つけたままにしちゃって」


「それは危ないですね。火は、気まぐれですから」


「でも、火って、見てると落ち着くんです。炎の揺れとか、音とか」


真壁は頷いたが、心の奥に小さな違和感が芽生えた。

千遥の言葉の選び方が、少しずつ変わってきている。

前回は「香り」や「味」だったのに、今回は「熱源」や「火の性格」に近い。


「火は、料理の相棒ですけど、油断すると敵にもなります」


「そうですね。でも、敵って、準備が丁寧なほど怖いですよね」


真壁は、棚から一冊の随筆集を取り出した。

『台所の記憶』——火と暮らしについて綴った一冊。


「この本には、火の話がたくさん出てきます。囲炉裏、マッチ、ガス。どれも、生活の中の火です」


千遥はページをめくりながら、ふと呟いた。


「菌糸爆弾って、聞いたことありますか?」


真壁は手を止めた。

「……爆弾?」


「いえ、変な話です。きのこの菌糸が、地中で広がって、ある瞬間に一斉に発芽する。それが、爆発みたいだなって」


「それは、自然の爆発ですね。香りの爆弾なら、歓迎です」


「でも、見えないところで広がるって、ちょっと怖くないですか?」


真壁は、湯呑みに手を伸ばしながら、千遥の表情を見た。

笑ってはいるが、目の奥に何かが沈んでいる。

それは、忘れ物の話とも、火の話とも、少し違う温度を持っていた。


「火も菌糸も、見えないところで準備するんですね」


「ええ。だからこそ、扱い方が大事なんです」


千遥は、文庫本を一冊手に取った。

『火の記憶』——短編エッセイ集だった。


「これ、読んでみます。火って、記憶に残るから」


「気をつけてくださいね。火は、記憶を焼くこともありますから」


千遥は会計を済ませながら、ふと口元に手を添えた。

「また、舞茸を焼いてみます。今度は、もっと慎重に」


「それが一番です。火は、信頼と注意の両方が必要です」


扉が開き、夕暮れの光が差し込んだ。

千遥は、文庫本をバッグに入れながら、振り返った。


「ありがとうございました。また来ます」


「いつでもどうぞ。次は、忘れ物が見つかるといいですね」


扉が閉まると、店内は再び静かになった。

真壁は、棚を見渡しながら、胸の奥に残った違和感をそっと抱えた。

それは、火のように、まだ形を持たない熱だった。


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