エピローグ
判決は、静かに言い渡された。
懲役三年、執行猶予なし。
爆発物取締法違反未遂。
千遥は、爆弾を仕掛けた記憶を断片的に語ったが、動機は最後まで曖昧だった。
「誰かを止めたかった気がする。何かを、止めたかった。でも、それが何だったのかは……今もわからない」
裁判官は、記憶の不確かさを考慮しつつも、実行の危険性を重く見た。
判決文にはこう記されていた。
“火は、意志の象徴である。曖昧な記憶であっても、火を灯した以上、責任は明確である。”
それから数ヶ月が経った。
冬の入り口、神保町の午後。
古書店「文月堂」は、変わらず営業していた。
店先には、季節の随筆と文芸誌が並び、店内にはほうじ茶の香りが漂っていた。
真壁は、棚を整えながら、七輪の炭の跡を見つめていた。
火はもう使われていないが、あの日の煙の記憶は、紙の隙間に残っている。
扉が開いた。
鈍い音とともに、灰色のコートを着た女性が入ってきた。
傘は持っていなかった。
千遥だった。
「こんにちは。舞茸、焼いてますか?」
真壁は、言葉を失った。
彼女は、収監されているはずだった。
新聞にも、判決は報じられていた。
面会は許されていないと聞いていた。
だが、彼女はそこにいた。
火の記憶とともに。
「……今日は、焼いてません。寒いですから」
「そうですね。でも、火って、寒さの中でこそ、よく思い出せる気がします」
真壁は、湯呑みに茶を注いだ。
香りが立ち上がる。
それは、舞茸の香りではなかった。
記憶の煙だった。
千遥は、棚の前で立ち止まり、一冊の文庫本を手に取った。
『火のあとに残るもの』——彼女自身が書いた短編だった。
表紙には、舞茸と煙の絵が描かれていた。
今日も、古本屋は静かに営業している。
紙の匂いと、茶の香り。
そして、火の記憶が、そっと棚の隙間に残っている。
彼女が本当にそこにいたのか。
それとも、火が見せた幻だったのか。
真壁は、確かめることはしなかった。




