表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
舞茸と七輪  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/11

9話

七輪の火は、まだ赤く灯っていた。

舞茸の香りは薄れ、秋刀魚の皮は焦げ目を深めていた。

夕暮れの神保町は、通りのざわめきが少しずつ遠ざかり、店先には静けさが戻っていた。


「新宿西口の地下広場……それが、思い出した場所なんですね?」


真壁の声は、低く、揺れないように整えられていた。

千遥は、火を見つめたまま、頷いた。


「でも、確かじゃないんです。夢かもしれない。記憶って、混ざるから」


「それでも、警察に相談したほうがいい。もし本当に何かが仕掛けられていたら、誰かが傷つくかもしれない」


千遥は、湯呑みに手を伸ばしたが、飲まずに戻した。

「でも、私が間違っていたら?ただの妄想だったら?通報して、騒ぎになって、何もなかったら……」


「それでも、火は預けるべきです。自分の手の中にあるうちは、燃え続ける」


千遥は、黙った。

七輪の炭が、パチリと音を立てた。


真壁は、棚の奥から一冊の文庫を取り出した。

『火垂るの墓』——野坂昭如の短編小説。戦火の中で、兄妹が火を見つめる場面が描かれている。


「この本に、こんな一節があります。“火は、誰かのために灯すものだ。自分だけの火は、やがて風に消える”」


「……読んだことあります。中学のとき。泣きました」


「あなたの火も、誰かのために灯されたのかもしれない。でも、今は、それを預ける時です。風に消える前に」


千遥は、バッグの中の白いタイマーを見つめた。

「でも、私が仕掛けた理由が、まだ思い出せないんです。誰かを止めたかった気はする。でも、それが誰なのか、何なのか……」


「それは、警察と一緒に探せばいい。あなたの記憶だけで背負うには、火が強すぎる」


沈黙が落ちた。

外では、警察車両のサイレンが遠くで鳴っていた。

それは、偶然ではないように思えた。


千遥は、ゆっくりと立ち上がった。

「……わかりました。相談してみます。私の中の火を、預けてみます」


真壁は頷いた。

「それが、あなたの記憶を守る第一歩です」


七輪の火が、静かに揺れた。

煙が、夕暮れの空に溶けていく。

それは、ただの秋の香りではなかった。

誰かのために灯された火だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ