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続、おっさんはどう生きるか

「雛鶴様、貴女も少しぐらい長野家のために役に立ったらどうですか」

藤鶴姫は言いたいことをいうと、侍女たちを引き連れてその場から立ち去った。

義姉の発言にショックを受ける雛鶴に、いつの間にか姿を現した段蔵が話しかけた。

「まったく、若殿に相手にされなかったからといって義妹に当たるとか、藤鶴姫は精神年齢が低すぎやしませんかね」

「いいのよ、段蔵。義姉上様はまだ14歳ですから、嫌なことがあれば他人に八つ当たりをすることもあるでしょうよ」

「「ええっ、14歳?姫様(ご主人様)より3歳も年下なんですかい(なのかわん)?」」

ポチと段蔵は思わず叫んだ。

「あー、たしかにご主人様は他の人間のメスよりちっちゃいわん」

「いやー、藤鶴姫は姫様より背が高くて色んなところが大きいから、年上かと思ってましたよ。でも、小さいおなごを好む男も多いから、気にすることはねーっすよ。実は、おれも小さい方が好みなんすよね」

「貴方たち、それでわたくしを慰めているつもりなの?いえ、わたくしも分かってはいますのよ。武家の娘として生まれたからには、政略結婚の駒として他家に嫁ぎ、子を産んで長野家の味方を増やさねばならないことを。そう、わたくしたち武家の娘は、速やかに大人になることを強いられているの・・・。わたくしが箕輪城を去った方が、長野家は上手くいくのかしら?」

そう言いながら母親の元へと向かおうとする雛鶴であったが、ポチが「わんわん」と吠えて自分の主人を呼び止めた。

「どうしたのポチ?わたくしには確かめねばならぬ事があるのです」

悲愴な面持ちの雛鶴に対してポチは訴えた。

「腹減ったわん」と。

雛鶴と段蔵はズッこけた。

「そうね、どんなに悲しくてもお腹はすくもの。昨日の残り物で朝ご飯を作ってあげるわ。段蔵もいらっしゃい」

「わーい、朝メシだわん」

「へっへっ、姫様の手料理とか皆に自慢できますぜ。あっ、そういやあおれもポチと意思疎通したいんすけど、いい方法ないっすかね?」

「そうねー・・・。いろはを書いた紙を用意して、ポチが相手に伝えたいことを前足で一文字ずつ指し示すなんてどうかしら」

「ポチには人間の文字が分からないんだわん」

「『おっさん』さんに手伝ってもらいなさい」

こうして、二人と1匹は城の台所へと向かうのだった。


物語は精神世界へと移る。

おっさんは図書館のソファーに寝そべりながら、この戦国乱世でどう生きるべきか、ひたすら考えていた。

「結局、ボク一人じゃ何も出来ないしな・・・」

自分にできるのは意見することだけで、それで実際に人が動かなければどうにもならない。

身体を共有しているポチの戦闘力は凄いけど、犬だから一軍を率いたり領地経営とか出来るわけがない。

まあ、氏業を上手い具合に動かして長野家を存続させないと、業政によってボクの魂は消滅させられるんだけどね。

でも・・・、この自分の身体を持たないという状況で、律儀に業政の言うことを聞く必要なんかないんじゃね?

そうだよ。ポチの言うように好きに生きて、業政がボクの魂を消滅させるというならそれでいいんじゃないか。どうせ、ボクは自分の意思で死ぬことすら出来ぬのだから。

この世に生まれてくるのは、もうどうにもならない。

なにしろ、気付いた時には既にこの世に存在しているのだから。

問題は、どう生きてどう死ぬかだ。

ボクは今までひたすら本を読んで勉強し続けてきたのだけれど、ある人物の生き様に感銘を受けたことがあった。

それは、『史記』刺客列伝で取り上げられている秦王政(後の始皇帝)を暗殺しようとした荊軻、ではなく荊軻を燕の太子丹に推薦した田光先生の生き様ね。

さて、ここで田光先生について少し触れてみよう。


秦王政の天下統一事業も順調に進み、いよいよ北方の弱小国燕に迫ろうとしていた頃のこと。燕の太子丹は、秦国で秦王に冷遇されたことを恨み、密かに秦王の暗殺を企てたのだった。

太傅の鞠武は、今はつまらぬ意地など捨てて我慢すべき時であって、どうすれば燕が生き残れるのか考えるべきと丹に説くが、丹はあろうことか軍隊を少数精鋭にする改革に反対して秦王の逆鱗に触れ、一族を皆殺しにされて燕に亡命してきた樊於期将軍をひそかに匿ったのである。

これは、飢えた虎の前に生肉を置くようなものと鞠武は諫言するが、丹は聞く耳を持たない。

もはや打つ手のなくなった鞠武が丹に推薦した人物、それが田光先生であった。

早速、丹は田光先生を呼んで、燕と秦は両立できぬのでどうすれば良いかと相談した。

田光先生曰く。

「二つの国家が両立できぬのであればどちらかの国は滅びなければならないが、これは国家の大事である。そして、老いた良馬は駄馬にも劣るというが、それはまさに自分のことである」と。

老いた自分では役目を果たせない。そこで、国家の大事を任せるのに相応しい人物として荊軻を推薦したのである。

そして、田光先生は丹の屋敷から退出したのだが、この時丹は余計なことを言った。

「このことは国家の大事であるから他言無用」と。

田光先生は苦笑いをすると、その足で荊軻の下へと向かい、荊軻に太子丹の相談相手になってくれないかと頼んだのである。

荊軻にとっては迷惑な話であっただろうが、今まで世話になった田光先生の頼みである。

荊軻は、丹の相談相手になることを承知した。

さて、ここからが本題である。

田光先生は「太子に会ったら一言伝えてもらいたい」と荊軻に言った。

「優れた人物は行いをなすにあたって、人に疑いを抱かせずという。しかし、私が太子の屋敷を退出する時に、太子は他言無用といわれた。これは、私を疑っておいでだということだ。もはや、私は義侠の男ではなくなったのだ。田光は既に死し、秘密は守られましたとな」

と田光先生は言うや否や、自刎して果てたのであった。

(参考文献:『史記』司馬遷著、『史記7巻刺客荊軻』横山光輝著、ウィキペディア:荊軻)

何故、田光先生は自刎しなければならなかったのか。

太子丹が余計なことを言ったのが一番の原因であろうが、それがなくても田光先生は自刎しただろうなと思う。田光先生であれば、荊軻を死地に追いやっておいて、自分だけのうのうと生きることを潔しとしなかったはずだ。魏の信陵君が晋鄙の軍へ到着する日に合わせて自刎した候生のように、咸陽で荊軻が秦王政に引見する日を数えて自刎したんじゃないかな。


いずれにせよ、ボクは田光先生の潔さ、格好良さに心底憧れたのだ。

心の中の業政がボクに話しかけてくる。

「田光先生は、大侠客として歴史に名を残した真の男子である。お前ごときが軽々しく口にして良い人物ではないぞ」と。

「うるさいなー。別に憧れるくらい良いじゃないか」

「散々生き恥をさらしてきて、今更潔く生きたいだと。笑わせるな。お前は所詮雑魚なのだから、分をわきまえ命令された事を黙ってやっておれば良いのだ」

うーん、なんか変だな。

何で心の中の存在にここまで言われなければならないのさ。

おっさんがソファーから身を乗り出して周囲を見回すと、やっぱりいたよ業政と吉業が。

ソファーの上でゴロゴロしていた業政と吉業は、本を読みつつあれこれ雑談をしていた。

「父上、この本なかなか良いことが書かれていますよ。もし『正直で勤勉で克己心があり、義務には忠実で公徳は重んじ、人には親切で節倹は守るという人がいれば、人々から尊敬されるだろうし、また尊敬されるだけの値打ちのある人だ。だが、君が教師からそう教えられ、世間でもそれが立派なこととして通っているという理由だけでそう生きていこうとするならば、君はいつまでたっても一人前の人間になれないんだ。君がいいと判断したことをやっていく時にも、常に君の胸から湧き出てくる、生き生きとした感情に貫かれていなければならない。そうでないと、君はただ「立派そうに見える人」になるばかりで、本当の「立派な人」にはなれない(『君たちはどう生きるか』吉野源三郎著P61~62)』んだそうです。実に、味わい深い文章ではありませんか」

「ふむ、この本の内容には概ね賛成じゃが、人間の可能性について美化しすぎている感じがするな。それよりも、わしはナポレオンの話の方が好きだな。『英雄とか偉人とかいわれている人々の中で、本当に尊敬できるのは、人類の進歩に役立った人だけだ。そして、彼らの非凡な事業のうち、真に値打ちのあるものは、ただこの流れに沿って行われた事業だけだ(『君たちはどう生きるか』吉野源三郎著P195)』この文章は素晴らしいな。ナポレオンは、腐りきった封建制度が打ち倒された後に自由・平等・友愛を旗印にした国民国家を成立させ、新政府によって自由を与えられた民衆を率いてヨーロッパ諸国をなぎ倒すと共に、革命思想を各国に広めていったのだが、これは時代の要請だった訳じゃな。わしも、家臣と庶民の婚姻を促すことで箕輪の武家と領民が一丸となって外敵に立ち向かう体制を築きたかったのだが、目指すべきはこのナポレオン体制であったか。ふむ、人に命令されて無理矢理敵と戦わされる軍隊と、自身の愛する故郷を守るために喜んで身を捧げる自由民で構成された軍隊のどちらが強いかは、疑いの余地などあるまい。だが、皇帝となったナポレオンが自分の権勢を強めるために権力を使うようになると、世の中の人々にとって有り難くない存在となった訳だ。時代の要請に反する存在となったナポレオンの没落は必然であり、大陸封鎖令・ロシア遠征に失敗したナポレオンは坂道を転がり落ちるように転落し、最期はセントヘレナ島で寂しく人生を終えることとなった訳じゃな。なあ、吉業よ。わしが生涯をかけて行った関東管領家の復興も、時代の要請に合ったことだったのだろうか?」

「それは、わたしには分かりませぬ。結局、力なき者が正義を唱えたところでどうにもならぬのです。我々は、自身に出来ることを一つひとつやっていくしかないと思います」

「ふむ、そういうことじゃな。ところでおっさんよ」

業政は、いきなり話し相手を吉業からおっさんに変更した。

「わしの言いつけ通り、氏業に今後の方針を進言したことについては褒めてやる。しかし、奴に叱られた程度で幽界に引きこもるだけでなく、わしの神力で勝手に図書館を作るとは何事じゃ」

「ひえー、ゴメンナサイ。許して下さい。でも、勉強しか取り柄のない引きこもりニートの言うことを氏業が聞かないことなど、業政様には予測できたんじゃないですか?」

震える声で反論するおっさんに対し、業政はこう答えた。

「それについては問題ない。先ほど氏業の夢枕に立ち、雷を落とすなどして言い聞かせてきたのさ。おっさんの一人や二人使いこなせぬようでは、あの武田信玄相手に生き残ることなど不可能だということをな。奴も、一、二回はお前の進言を受け入れるだろうよ」

「はー、そうですか。でも、人のやることなすことダメ出しするくらいなら、もっと優れた人材を戦国時代に連れてくれば良かったじゃないですか。ボクなんかより有能な人は、いくらでも居たでしょうが」

なおも反論するおっさんであったが、業政は一つ提案をするのだった。

「せっかく図書館とやらを作ったのだから、ここでわしらをもてなしてみよ。わしらを満足させることができたなら、お前の問いに答えてやらんでもない」と。

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