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『真・箕輪軍記』の謎

藤鶴姫とその侍女たちが立ち去った後、居住まいを正した氏業はおっさんに話しかけた。

「さて、おっさんよ。今のままだと、5年後に箕輪城は武田軍によって攻め落とされ長野家が滅亡することは分かったが、どうすれば滅亡を回避できるのかサッパリ分からぬ。お前は『真・箕輪軍記』に長野家の進むべき道を記したのではなかったのか?」

『えっ、そのはずですが。『真・箕輪軍記』を見せてくれませんか?』

「ほれ」と言って、氏業は『真・箕輪軍記』をおっさんに寄越した。

だが、ポチの身体ではうまくページをめくれない。

「ご主人様、本を開いておっさんに中身を見せて欲しいんだわん」

ポチが雛鶴姫にそう訴えると、姫は「わかったわ」と言って『真・箕輪軍記』を手に取り、おっさんに見えるようにページをめくっていった。

(なんだかおかしいな?業政が死んで遺言を残してから箕輪城が落城するまでのことは読み取れるのに、それ以外の部分は字がにじんで読めなくなっている。特におかしいのは最後の部分に載せておいた『箕輪城の歴史』部分だ。『永禄9年:武田信玄、箕輪城を落とす。』までは読み取れるのに、それ以降が読み取れない。たしか、その次に書かれているのは『永禄11年:織田信長が足利義昭を奉じて入京する』だったはずなのだが・・・。うーん、これってラノベとかで良くあるやつなのか?日記を書いていた死に戻り主人公が、行動を変えると日記の中身が書き換わるとか・・・)

「ほら、おっさんにも読めぬであろう。風呂場の湿気で字がにじんだにしては、不自然な気もするな。ためしに、箕輪城落城後に何が起きるのか話して見よ」

氏業がそう言うので、おっさんは長野家滅亡後の箕輪城の歴史について話すこととした。

『わんわんわん(長野家滅亡後、箕輪城は武田・織田・北条・徳川各氏の城として使われます。そして、慶長3年に井伊直政が城を高崎に移して箕輪城は廃城となります)』

「よお、おっさんよ。ふざけているのか。なにをわんわん言っているのだ」

『氏業様、これは歴史の強制力によるものです』

「なんだそれは」

『端的に言うと、ボクには歴史を変えるような情報を話すことができないようです。話せるとしたら、既に起きることが確定している出来事について選択肢を示すことぐらいでしょうか』

その言葉を聞いた氏業は、おっさんに対し殺気を放って怒鳴りつけた。

「なんだと。この使えん野郎が。そんなことで私の役に立てるとでもいうのか?」

『ひえっ』と怯えるおっさん。

「氏業、おっさんを虐めるんじゃないわん。あと、おっさんもそんなに怯える必要ないんだわん。氏業は、不安になると妹に甘える情けない奴なんだわん」

『でも、ボクは一度死んだせいか怨霊化したせいか分かんないけど、人の殺気とかドロドロした怨念みたいな物が見えるようになっているんだよ。この時代の人間はみんな殺気を放ってくるから、怖くてかなわないよ』

「今は、人でも犬でも気を抜くとすぐ殺されるから、みんな殺気ぐらい放っているんだわん。おっさんも慣れるしかないわん」

「よお、ポチよ。いくら雛鶴に気に入られているからといって、言って良いことと悪いことぐらい分かっているよな。西上州で一番偉いのは、この私だぞ」

「ふん、氏業なんか全然怖くないわん」

「兄上様もポチも、喧嘩はやめて下さい。今議論すべきは、どうすれば長野家が生き残れるかです。味方同士で仲違いしている場合ではありません」

雛鶴の言葉で、ポチと氏業は冷静さを取り戻した。

改めて、氏業はおっさんに問うた。

「では、私はこれからどうすれば良いのだ。話せる範囲で良いから選択肢を示してくれ。それを家老たちに示して、今後の方針を決めることにする」

おっさんは思った。

(箕輪城主長野右京進氏業は、若干18歳(満年齢では17歳)で西上州の王なんだよな。令和の時代で例えれば、高校生群馬県知事兼高崎市長(暫定)かよ。あれっ、ボクって今まで働いたことはないし、偉い人に進言した経験もないよな。そう思うと緊張してきたけど、経験不足なのは今更どうしようもないし・・・。もうなるようにしかないか)

おっさんは覚悟を決めた。

『歴史を変えるのは簡単なことです。氏業様や家老たちの判断と逆のことをすれば良いだけです。もちろん、お父君(業政)の遺訓に背かない範囲でという条件はありますがね。氏業様と藤井友忠様(長野家家老)はお父君の死を隠すことにしたようですが、大々的に葬儀を執り行うことにしたらどうですかね。そうすれば、将来武田信玄に寝返る義兄たちも参加せざるを得ないから、葬儀の場で改めて義兄弟同士の団結を亡き父君に誓うんですよ。あとは、上杉政虎公は武田信玄と雌雄を決するために越後に帰りましたよね。ということは、数ヶ月後に川中島で大戦が勃発するのが確定したわけですよ。だから、その戦に上州軍も加勢して、武田軍を完膚なきまでに叩きのめすのはどうでしょうか。武田家の勢力が北信濃から駆逐されれば、信玄は西上州に侵攻しにくくなるでしょう』

(どうだ、これ以上の上策はあるまい)

おっさんは、自身の発言に絶対の自信を持っていた。

「なるほどー。氏業の判断と逆の行動をすれば未来が変わる。これならポチでも分かるんだわん。おっさん頭がいいわん」

『そうだろそうだろ』

一方、雛鶴は頭を抱えて天を仰いでいた。

氏業は、目をつぶって暫し考え事をしていたようだが、目を見開くとポチとおっさんを睨みつけた。

おっさんは背筋が凍るのを感じた。

(あれっ、ボクは氏業の逆鱗に触れるようなことを言ったのか?いや、言ってないよな・・・)

氏業は静かに語り出した。

「私や家老たちが決めた方針と逆のことをすれば良い、か。フフフ、確かにその通りだ。そのように取り計ろう・・・、とでも私が言うと思ったか、おっさんよ」

氏業は激高してポチとおっさんに殺気を放ち、刀の鯉口を切った。

『ひえー、お許しを。ごめんなさい、ごめんなさい』

ひたすら氏業に謝るおっさんであったが、ポチはあくまで氏業に反抗した。

「なんなんだわん。おっさんは業政との約束を守って氏業たちの生き残り策を言ったのに、刀で斬りつけようとするとか、ひどいんだわん」

「所詮畜生には分からんだろうが、私は武士なのだ。そして、武士は嘗められたらお終いなんだよ。おっさんの進言を簡単にまとめると、私も長野家の家老たちも無能でまともな判断力など無いということになるのさ。ポチもおっさんの意見に賛成していたよな。お前らまとめて斬り殺してやる」

「ふん、ビビりの氏業にポチが斬れるわけないわん。ご主人様の兄だから言うことを聞いてきたけど、もうお終いだわん。ポチたちを斬るのはかまわないけど、氏業もただで済むとは思わない方がいいわん」

「よくも言いやがったな。望み通り、叩き斬ってやる」

「もうやめて」

そんな一触即発の二人?(一人と1匹)の間に割って入ったのは、ポチのご主人様である雛鶴だった。

「くっ・・・、ポチを殺すのであればわたくしを殺してからにして下さい。『おっさん』さんの言い方は、目上の者に対する発言としては不適切だったかも知れませんが、『おっさん』さんの知識を活用せよというのは父上様の遺訓です。今ポチを斬ったら、父上様の遺訓に背くこととなりませんか?何よりも、わたくしは大好きな人たちが殺し合うのを見たくありません」

涙を流しながら氏業を諫める雛鶴。

雛鶴を間に挟んで対峙する、ポチと氏業。

とその時・・・、部屋の入口の襖が開いた。

現れたのは藤鶴姫だった。

「義母様から聞きました。昨日から、ポチは人と話ができるようになったと。そのことを教えてくれないなんて、氏業様も雛鶴姫も意地が悪いのではないですか・・・?あれ、皆さんどうなさいましたの?」

氏業は「一人にしてくれ」と言い残すと、刀を収めて奥の部屋へと退いた。

その場にペタンと座り込んで、さめざめと泣く雛鶴姫。

おっさんはポチの中でガタガタと震えている。

ポチは「妹を泣かすなんて、氏業は兄として失格なんだわん」と、プンスコ怒っている。

目前に広がるあまりにカオスな状況に、藤鶴姫は思わず叫んだ。

「いったい、何がどうなっておりますのー?」

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