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素直になれない藤鶴姫

ポチ:雛鶴姫の飼い犬。ご主人様である雛鶴姫を幸せにするため、おっさんと一緒に東奔西走する。

おっさん:元人間で、ポチの中に封じられている。

長野雛鶴:長野信濃守業政とその継室お福の娘で、ポチの飼い主。

長野右京進氏業:長野信濃守業政とその継室お福の息子で、雛鶴の実兄。婚約者に藤鶴姫がいる。

藤鶴姫:扇谷上杉朝定の姪。ツンデレ。

加藤段蔵:元風魔党の抜け忍だが、現在は長野家所属の忍びとして氏業や雛鶴の護衛をしている。


「うわーん、雛鶴。辛いよ、苦しいよ。全てを投げ捨てて、どこか遠くへ逃げたいよー」

「兄上様は頑張っています。凄いです。偉いです。わたくしが兄上様の立場だったら、あまりの重責に到底耐えられません」

泣き言を言いながら、膝の上に座る雛鶴を背後から抱きしめる氏業。

一方、雛鶴は身体をねじって氏業の頭をよしよしと撫でていたまさにその時・・・、ポチと段蔵が氏業の部屋に入ってきた。

「ご主人様ー、段蔵の話を聞いて欲しいんだわん・・・?」

「姫様、ポチに忍術を教えたいんですけど、良いですかね・・・?」


「「「「あっ」」」」


目の前の光景に固まる3人と1匹(+おっさん)。

はっと我に返った雛鶴は、氏業の膝の上から飛び退いた。

「えーと、そのー。ポチ、『おっさん』さん、段蔵、これはそういうんじゃないんだからね!」

「あいかわらず、ご主人様と氏業は仲が良いんだわん」

『はわわっ。よく分かんないけど、年頃の兄妹でこんなに仲が良いとかあり得るのかな?』

「姫様、そういうのってどういうことなんですかい?ところで、おれ達は1刻(約2時間)ほど時間を潰してから出直した方が良いっすかね?」

「もう、段蔵ってば意地悪ね」

「ポチ、段蔵。私の部屋に入る時は、声を掛けてからにしなさい」

「わかったわん」

「おれは忍びなので、いちいち若殿様の許可なんか取りませんよ」

「ムムム・・・」

そんな感じで皆で騒いでいると、侍女のお英がやってきて氏業にこう告げた。

「あのう、厩橋城(群馬県前橋市)から藤鶴姫様がお越しです。こちらへお通ししてよろしいでしょうか?」

「そういえば、今後のことを相談するため藤鶴姫に使いを出したんだった。昨夜からバタバタしていて、うっかりしていたよ」

「あっ、わたくしはまだ寝衣のままです。早く小袖に着替えないと・・・」

「雛鶴はこれを羽織りなさい」

氏業は、雛鶴に上着を渡した。

段蔵は、いつの間にか姿を消していた。

ポチ(+おっさん)が部屋の隅にうずくまって大人しくしていると、次第に廊下の方が騒々しくなった。

「氏業様の婚約者であるわたしを待たせるとは、一体どういうことですの。全くもって、忌々しいですわ」

こう言いながら、大勢の侍女を引き連れて氏業の部屋に入ってきたのは、つり目が印象的な悪役令嬢っぽい美少女であった。

「あれが、氏業の婚約者の藤鶴姫だわん」

ポチがおっさんにそっと教えた。

藤鶴姫は氏業の前に座ると、まず義父である業政が死去したことについてお悔やみの言葉を述べた。

「関東管領上杉家の双璧と讃えられる義父様がお亡くなりになられたのは、誠に残念無念と申すべきことではありますが、生ある者には必ず死が訪れるというのもまた真理と言えましょう。今は、氏業様を中心に義兄様達と団結して、ここ上州の地を武田や北条の魔の手から守り抜くことが重要かと思われます。それなのに、氏業様はまた妹君に甘えていたのですか?」

「いやー、面目ない」

「氏業様、あなたは西上州の王ともいうべき存在なのです。しっかりなさいませ。それと、雛鶴様・・・」

「はっ、はい、義姉上様。何でございましょうか?」

「兄妹仲が良いのは麗しいことですが、年頃の娘が寝衣姿で朝から兄の部屋を訪れるとはどういうことですの。それと、上に羽織っているのは氏業様の上着ですか?全くもってうらやま・・・ゲフンゲフン。えー、あなたも武家の姫なのですから、義姉上たちの様に政略結婚して、長野家の味方を増やすべきではなくって?」

「はい。義姉上様の仰るとおりにございます」

こんな感じで、長野家の兄妹は藤鶴姫の小言を食らっていたのだが、ポチのひとことが藤鶴姫をノックアウトした。

「藤鶴姫はご主人様に嫉妬しているだけだから、気にすることないわん」

ギョッとする藤鶴姫はポチに問うた。

「あっ、あなたは雛鶴様の飼い犬ね。わたしが雛鶴様に嫉妬しているとはどういうことですの?」

「そのままの意味だわん。藤鶴姫は、大好きな氏業が妹と仲良くしているのが気に食わないんだわん。あと、ポチの名前はポチだわん」

ポチの言葉を聞いた藤鶴姫は、顔を真っ赤にして反論した。

「わっ、わたしが氏業様を大好きですって?わたしが氏業様と結婚するのは、上杉家と長野家の絆を強めるためであって、別に氏業様のことなんか全然好きじゃないんだからねっ!!」

『うおっ、こんな典型的なツンデレ、初めて聞いた』

「ポチ?の中から別の声が聞こえましたわ。何者ですか?ツンデレとは一体何のことですの?」

『ボクは、業政公によってポチの中に封じられた、元人間のおっさんです。ツンデレとは、本当は仲良くしたいのに、好きな人の前では素直になれず冷たい態度を取ってしまうような人のことを指します』

「つまり、『おっさん』・・・?わたしは、庶民の言葉遣いなど使いたくありませんので、あなたのことはポチ2号と呼びますわ」

『もう、好きに呼んで下さい』

「つまり、ポチ2号もわたしが氏業様のことを好きだと言いたいのですか?」

『いやー、ベタ惚れじゃないですか』

「それに、以前藤鶴姫はポチの頭を撫でながら『わたし、大好きな氏業様の前ではどうしても素直になれなくて、つい小言を言ってしまいますの。自己嫌悪ですわ』とか言っていたわん」

「もう、ポチとポチ2号は何てことを言い出すのかしら。氏業様も雛鶴様も、この者たちの言うことを信じてはなりませんのことよ・・・?」

「あのー、藤鶴姫はポチの言っていることが分かるのですか?」

「まさか、義姉上様が犬の言葉を理解できるとは・・・」

「お前たちには、ポチの言葉は分かりませんの?」

藤鶴姫は背後の侍女たちに問いかけるが、ポチの言葉を理解できる者はいなかった。

「あれっ、わたしは疲れているのかしら。少し外の空気を吸って休憩してから義母様(お福)に挨拶をして、また氏業様の元に戻りますわ。でっ、では、失礼致しますわ」

藤鶴姫はそう言うと、大勢の侍女を引き連れて氏業の部屋から立ち去った。

あとには、氏業、雛鶴、ポチ(+おっさん)が残された。

早速2人と一匹は集まって、意見交換を始めた。

「一体どういうことなんだ?」

「義姉上様は、確か扇谷上杉朝定公(扇谷上杉家最後の当主)の姪に当たるのですよね。そういえば、父上様(業政)の前妻も扇谷上杉家出身でしたよね(扇谷上杉朝良の娘)。もし、扇谷上杉家の血を引くことがポチの言葉を理解できる条件であれば、甥の(藤井)忠安殿がポチと意思疎通できて、業親にできないことが説明できます(忠安の母親お慶は業政前妻の娘)」

『でも、なんで長野家でなく扇谷上杉家の血筋が条件なのか、意味が分からないんだな』

「ポチには、難しいことは分からないんだわん」

はてな?と、首をかしげる2人と1匹(+おっさん)であった。

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