ポチの一日
ポチの一日は、日の出と共に始まる。
「ポチー、出てこい。訓練をするぞ」
段蔵が、雛鶴の部屋で寝ているポチに呼びかける。
「それじゃあ行ってくるわん。ご主人様はもう少し寝ているんだわん」
「ふわぁー、ポチ行ってらっしゃい」
ポチは段蔵と共に箕輪城二の丸へと向かう。
いくさの際に兵士の集合場所となる二の丸は、かなりの広さを持つため、ポチと段蔵は早朝の二の丸で戦闘訓練するのを日課としていた。
「よし、今日は甲冑武者との戦い方を練習するぞ」
甲冑を身にまとった段蔵が、ポチに向かって抜刀する。
ポチと段蔵の間に緊張が走る。
『あれっ、ここはどこ?ボクは誰?ひえっ、ボクを殺した奴が目の前にいる。助けてー』
ポチと段蔵の放つ殺気で目を覚ましたおっさんは、目の前に広がる光景を見て大混乱した。
「おっさん、やっと目を覚ましたんだわん。ポチは今段蔵と訓練しているから、黙って見ているんだわん」
突撃するポチに向かって段蔵は刀で斬りかかるが、ポチはそれを華麗に躱して段蔵の後ろに回り込んで体当たりをする。
おっさんは『ひえー、死ぬー』と大騒ぎをしている。
「おっさんはいちいち五月蠅いんだわん。段蔵の刀は刃引きされているから当たっても死なないし、せいぜい骨が折れるくらいなんだわん。そもそも、おっさんは昨日死んだんだから、二度死のうが関係ないんだわん」
『怖い-、死ぬー』とわめくおっさんは無視して、ポチと段蔵は訓練を続ける。
「ポチ、昨日と比べて段違いに速くなっているぞ。やはり、吉業様からいただいた『和魂の大幣』が影響しているのかな」
「わんわんわん(ポチにはよく分からないわん)」
「やはり、おれにはポチの言葉は分からんな」
そんなことを言いつつ、ポチに向かって刀を振るう段蔵。
一方、ポチは段蔵を攻めあぐねていた。
「甲冑がじゃまだわん。おっさん、いい攻め方をポチに教えるんだわん」
『うーん、そうだなあ。甲冑武者に対してポチの素早さは遙かに勝っているのだから、股の間を潜って股間を齧るのはどうだ。もしくは、手首とか太ももの後ろ側とか甲冑の継ぎ目を狙うのがよいと思うのだが・・・。段蔵を転ばして急所に噛みつくことは可能か?』
「やってみるわん。あと、今の素早さがあればアレができるかも知れないわん。試しにやってみるわん」
そう言って、ポチは段蔵に突撃した。
「忍法、影分身だわん」
ポチは、凄まじい速さで横に動いて幾つもの残像を作りだした。
そして、呆気にとられる段蔵を横転させ、段蔵の金○に噛みつこうとした。
これには、さすがの段蔵も対処できず、すぐさま段蔵は降参した。
「ポチ、さっきの技は何なんだ。あんなことされたら、誰もお前に勝てねーよ」
「わんわんわん(段蔵が普段使っている忍法とおっさんの知識を組み合わせたら、なんかできたわん)」
「うーん、何を言っているのかサッパリ分からん。後で、姫様に通訳してもらうとしよう。それにしても、甲冑を身に着けていたらポチの速さに歯が立たねーな。よーし、甲冑を脱いでもう一度勝負だ。今度は、投げ道具も使うぞ」
「わんわんわん(今のポチには、どんな攻撃も通用しないわん)」
こうして、しばらくの間ポチと段蔵は戦闘訓練を続けたのだった。
・・・・・
ヘトヘトになって草むらにぶっ倒れる段蔵に対し、ポチは随分と余裕がありそうだった。
『ポチは凄いな。強いし、ボクとも普通に意思疎通できるし。自分で言うのも何だが、ボクの知能指数は高い方だぞ(ただし、まともな人間関係を築くことはできない)。なのに、ポチはボクの言うことを理解している。犬って、人間が思っているよりずっと賢いのか?』
おっさんの問いに対し、ポチはこう答えた。
「犬は、ふつうエサとつがいと身の危険のことしか考えていないわん。そして、エサをくれる人をご主人様として、生涯忠誠を誓うんだわん」
『それそれ。そんな難しい単語を、普通の犬が使えるわけないだろう』
「段蔵も言っていたけど、多分『おっさん』と『和魂の大幣』と『業政たちの神力』を吸収したからだと思うわん。おっさんの知識を利用できるようになったから、ポチはご主人様やおっさんたちと対等に会話できるようになったし、いろんなやり方でご主人様を助けられるようになったわん。だから、ポチはおっさんに感謝しているんだわん」
『えっ、そうなの?社会に居場所がなく、親にも見放され、戦国時代に転移してもあっという間に殺された引きこもりで駄目人間のボクに感謝をしているのか?』
「そうだわん。おっさん、ポチの中に来てくれてありがとうだわん」
『うおー、今までの人生?いや犬生かな?で一番感動した。何処にも居場所のないボクを、ポチが初めて受け入れてくれた。これほど嬉しいことはない。女は己を愛する者のために粧い、士は己を知る者のために死すというが、ボクはポチのために全力を尽くすことを誓うよ』
「ポチの望みは、ご主人様が幸せに生きることなんだわん。おっさんも手伝うんだわん」
(あー、ご主人様ってボクを見殺しにした雛鶴姫だよな。姫のために働くのは複雑だけど、業政と長野家の滅亡を回避するために働くと約束しちゃったからな。業政に雷を落とされたり、魂を消滅させられるのも嫌だしな。まあ、しょうがないか)
『うん、分かったよ。ポチの願いを叶えるために、ボクもいろいろ考えてみるよ』
「おっさん、頼りにしているわん」
こんな感じでおしゃべりしていたポチとおっさんだったが、休憩して疲労を回復した段蔵と共に、雛鶴姫の部屋へと向かった。
しかし、そこに姫の姿は無かった。
クンクンと匂いを嗅ぐポチ。
「あっちだわん」
氏業の部屋に向かって駆け出すポチの後を、段蔵は追いかけるのだった。




