図書館制度・経営論
さて、なんやかんやで業政と吉業をもてなすことになったおっさんは、2人を図書館に併設されているカフェへ連れて行った。
ちなみに、このカフェは茶室や庭園も備えている優れものだぞ。
「ほう、図書館とは喫茶処が併設されているものなのか?単に本を保管し、閲覧するだけの建物かと思っていたぞ」
「父上、図書館とは足利学校の様なものなのではないでしょうか?あそこにも、書院や食堂、庭園などがあったはずです」
言い忘れていたけど、おっさんが作った図書館は、国立国会図書館と国際子ども図書館をくっつけた様なものだよ。当然、開架式閲覧室に加えて、展示室・研修室・カフェテリア・中庭などの施設もあるぞ。
「えー、業政様に吉業様。確かに、図書館の主たる業務は本の保管及び蔵書目録の作成ですが、かつての文庫が特定の特権階層にのみ開かれていたのに対し、ボクの時代の図書館は全ての人間が無料で利用できるものなのです。図書館とは、貧乏人から金持ちまで誰でも利用できる社会にとって必要不可欠な公共財であって、民主主義的価値観を醸成し自立した国民を育成するための社会教育施設といえます。ちなみに、社会教育とは国民に対して行われる組織的な教育活動であって、国が責任を持って全国民に提供するものです」
「民主主義とはなんじゃ」
「国民主権ですかね。自分たちの代表、分かりやすくいうと『征夷大将軍』を日本国民全員の投票で決めることでしょうか」
「戦国時代の民が、将軍に相応しい人物を判断できるとは思えんぞ。投票結果を全国から集めるのも不可能じゃし、武家・貴族・寺社勢力の実力者たちがその結果に従う訳あるまい。結局、いくさになるだけじゃ」
「まあ、社会資本の整備も国民全体の教育水準も不十分だから、戦国時代に民主主義の導入は無理ですね。でも、業政様も言っていたじゃないですか、祖国愛に満ちた自由民で構成された軍隊と命令によって無理矢理集められた領民で構成された軍隊のどちらが強いかは、火を見るより明らかだと。だから、『民衆には情報を隠して領主に依存させる』のではなく、図書館で様々な情報に触れられるようにして、どうすればより良い世の中になるのか考え、行動できる人材を一人でも多く育てるんですよ。征夷大将軍一人が優れていても、その手足となって動く優れた人材や官僚がいなければ国は立ち行かないし、産業も発展しませんよ。もし、社会教育施設が全国に普及して国民全員が読み書き計算できるようになれば、国民自らが試行錯誤するようになり、自ずと国力は増大するでしょうね。こんな感じで図書館の話しを続けていても切りがないので、とりあえずこちらへどうぞ」
おっさんは、「「むむむ・・・」」と唸る業政と吉業に茶室へ入るよう促した。
いやー、この幽界というのは実に面白いな。見たことがあるものに限定されるが、思うだけで目の前に実物を出現させることが出来るのだから。
先に茶室へ入ったおっさんは、早速『正倉院 THE SHOW』で見た銀薫炉(模造品)を呼び出し、その中にグッズショップで売られていたあるものを入れて業政たちに渡した。
「飲み物の用意が出来るまで、その香りを楽しんでいて下さい」
業政と吉業は、銀薫炉を持ち上げたり蓋を開けたりして、中に入っているカードの香りを堪能していた。
「あっ、そのカードは結構強烈な匂いを放っているんで、少し離れて香りを嗅いだ方が良いですよ」
「「ふむ、左様であるか!?」」
ふふふ、さすがの業政たちも銀薫炉をおっかなびっくり扱っているぞ。
模造品とはいえ正倉院御物だからな。天下人や皇室の人間ですら、実物を見た者など数えるほどしかいないだろうよ。
とりあえず業政と吉業は放っておいて、ボクはとある美術館で見た水墨画と天目茶碗をこの場に呼び出し、水墨画を床の間に飾ると、カフェに設置されているドリンクバーで天目茶碗に飲み物を注いだ。
本来は、茶室でボクが茶を点てるべきなのだろうが、ボクに茶道の心得は無いからしょうがない。
2口の天目茶碗を会津漆器の長手盆に乗せて茶室まで戻ると、まだ業政と吉業は銀薫炉を挟んでなんやかんやと議論を戦わせていた。
「父上、このような透かし彫りが施された銀製の香炉など、見たことがありませぬ。中から漂う香りについても、どう表現して良いのやら見当もつきません。あの様なおっさんにしてやられるなど、屈辱にございます」
「ふうむ、この香炉には火皿を常に水平に保つ仕組みがあるようだな。まさに、国宝と呼ぶに相応しい逸品であろう。香の方も素晴らしいぞ。何という高貴な香りであろうか。これは、もしや御物(天皇家に代々伝わる所蔵品)ではないか?」
「あー、そうですよ。その銀薫炉(模造品)は正倉院御物です。そして、そこから漂う香りの正体は黄熟香すなわち蘭奢待を再現したものですよ」
「「なんと、これが蘭奢待の香りだというのか!!」」
「もちろん、ボクだって実物を嗅いだことはないですからね。それはそれとして、業政様、吉業様、銀薫炉だけでなく、床の間に飾った水墨画も見て下さいよ」
蘭奢待に夢中な二人に対し、おっさんは床の間の絵を指さした。
「むむっ、この漁村の風景を描いた水墨画は、もしや・・・。吉業よ、作者は誰か分かるか?」
「ええと、見た感じ北宋院体画の系譜に連なる水墨画の様に見えますが、実に見事な作品ですね。これから夜を迎えようとする漁村の美しい風景が見事な技法で描かれていることから、さぞかし高名な絵師によって描かれたのでしょう・・・。もしかして、牧谿だったりしますかね」
「吉業様、大正解です。この水墨画は、牧谿筆『漁村夕照図』です」
「なんと、やはり牧谿であったか。ううむ、この多彩な水墨技法は凄まじいな。全てのものが、細かく丁寧に描かれておるぞ」
業政と吉業は床の間の前まで移動して、水墨画を見ながら牧谿についてあれこれ語っていた。
「とりあえず飲み物を持ってきました。これを飲んでから、美術品の感想でも聞かせて下さいよ」
そして、おっさんは飲み物の入った天目茶碗を二人の前に差し出した。
「せっかくおっさんが用意した物だ。吉業よ、有り難く頂こうじゃないか」
業政と吉業はドッカと畳の上に座ると、それぞれ茶碗を手に取った。
「おいおっさんよ、天目台はどうした」
ちなみに、天目台とは天目茶碗を乗せる台のことで、漆塗りの物が多く見られるぞ。
「この茶碗に相応しい天目台を思いつかなかったので、そのまま出してみました。茶碗の模様をじっくりとお楽しみ下さい」
「左様であるか。ふむ、見事な黒釉の中に散りばめられた煌めく星のごとき光彩。吉業よ、これが何だか分かるか?」
「えーと、なにやらとてつもない物であることは分かりますが・・・。すいません父上、分かりません」
「おっさんよ、これは唐物茶碗の中でも最高峰といわれる曜変天目茶碗であるな」
「さすが業政様、正解です。江戸と難波の美術館で見たものを再現してみました。そうそう、せっかく冷えた飲み物がぬるくなってしまうので、早く飲んだ方がいいですよ」
「そうであるか。黒釉と緑色の飲み物の組み合わせは映えるな。しかも、冷たい茶というのも目新しいではないか」
そうして、冷茶?を飲む業政と吉業に対し、おっさんは言った。
「あのー、茶碗の中身が茶だなんてひとことも言っていませんよ」と。
「むむー、甘い。なんじゃこれは」
「のどの奥で泡がはじける。しかもこの強烈な甘みはなんなのだ。おっさんよ、納得のいく説明をせよ」
想像していたものとは全く違う味に驚く二人に対し、おっさんは「それはメロンソーダーですよ。緑色で泡が出ているから、茶と勘違いしたでしょう」と説明し、「お望みなら、この薩摩切子のジョッキにメロンソーダーを注いで持ってきますよ。普通の緑茶や抹茶、甘い抹茶オレなんかも提供できますよ」と提案すると、業政は「一通り持ってこい」と命令した。
おっさんは、飲み物を持ってくるついでに、カフェで用意されていた串団子も提供するのだった。
・・・・・
こんな感じで、茶会は無事終了した。
「いかがですか?茶会には満足いただけましたか」
咀嚼していた団子を茶で飲み込んだ業政は、「茶やメロンソーダーとやらは並であるが、天目茶碗や美術品には大満足じゃ。合格点をやろう」と答えた。
一方、ジョッキでメロンソーダーをがぶ飲みしている吉業は、「このシュワシュワ?する感覚はなかなか面白いですし、なによりもこれだけの強烈な甘味は味わったことがありません。しょっぱい団子を食べて甘い飲み物を飲んで・・・、もう手が止まりませぬ」とメロンソーダーを大絶賛していた。
「ええと、ボクのもてなしに満足したということで良いですよね。それじゃあ、今度はボクの質問に答えてもらいましょうか」
「ああ良いぞ。禁則事項以外は答えてやる」
業政はそう答えるのだった。
さて、『図書館制度・経営論』というタイトルを付けたにもかかわらず、それについてあまり触れていなかったので、公共図書館が確保すべき人材や目指すべき方向性について記述することで、本エピソードを終わりにしたいと思う。
まず、公共図書館は誰でも無料で利用できるというのが大前提である。
すなわち、図書館運営には税金が充てられることになるので、図書館職員(特に司書)は本の知識だけでなく税金についても詳しくなければならないし、税金滞納者に対して差押ぐらい出来なければどうしようもないと考えるのは、筆者だけだろうか?
それに加えて、平和と治安維持も必須だと筆者は考える。
実際に考えてみると良い。紛争地域で図書館活動など出来るだろうか(いや、出来ない)。
紛争地域に図書館を作ったところで、爆破されるか本を盗まれるだけであろう。
だから、自衛隊・警察・税務職員(徴収員)としての勤務経験を経てから図書館司書になれば良いのでは、というのが筆者の考えである。
次に、新しい公共図書館のあり方について以下に示そう。
(引用文献:『図書館制度・経営論』永田治樹編著P241)
1 コミュニティのニーズを正確にとらえ、それに基づく設計である。
2 図書館はコミュニティの人々の場として、便利な場所にあって、必要な時には(週末でも夜でも)いつも開いている。
3 図書館はオープンで人々を歓迎してくれる施設で、カフェなどもあり、くつろぐことができる。
4 広い層の多くの人々に必要な情報や学習機会が、さまざまな媒体で入手できる。
5 日々必要な社会サービスがそこに行けば利用できる、複合的な施設になっている。
いずれにせよ、『一定以上の図書購入費がなければ、蔵書自体に魅力がなくなり利用者が減って、結果的に投じた費用そのものが無駄になる』のだから図書館の予算を増やせと主張するのではなく、図書館自らがコミュニティにとって不可欠なものだと実際の成果で証明し続けなければならない、ということである。言い換えると、本だけにこだわっていては、時代に取り残される、とも言える。
結局、図書館が目指すべきは、情報分野のコンビニなんですかね?




