第9話 旅団長の奇策
煉の足元から現れた「砂漠の巨顎」の頭部。その巨大な口が、今にも煉を飲み込もうと迫る。わたしは「シッー」と静かにするように合図を送ったが、煉は恐怖で硬直し、冷や汗を流すばかりだ。わたしたち二人は、一歩でも動けば、あのワームが飛びかかってくることを悟っていた。
その時、視界の隅で、リザードマン旅団長レックスの姿が目に入った。彼は、周りの兵士たちがパニックに陥り、次々《つぎつぎ》と砂に飲まれていく中で、なぜかやけに余裕のある顔をしている。無精髭を指でつまみ一考した。その表情は、まるで何かを企んでいるかのようだった。
旅団長は、ゆっくりと背中の盾に手を伸ばし、すっと取り外した。そして、わたしたちから目を離さず、しかし迷いのない足取りで、いきなり砂漠の緩やかな坂に向かって走り出した。
わたしは、思わず『アッ』と声を出しそうになったが、何も言えなかった。彼の行動は、あまりにも唐突で、理解不能だったからだ。
旅団長レックスは砂に足を取られながらだが坂の頂上に着くと、その大きな盾を砂の上に置いた。そして、その盾に乗り、砂漠の坂を滑り降り始めたのだ。まるで海上で波に乗るサーフィンみたいに。
「なっ……!?」
煉が驚きの声を上げた。旅団長は、その巨体からは想像できないほどのスピードで、ズンズンと坂を下っていく。砂塵を巻き上げながら、スピードで風を切り、その勢いはどんどん乗ってくる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
旅団長レックスの動きに反応したかのように、彼の真後ろから、複数のワームが土を盛り上げて猛スピードで追いついてくる。一匹? いや、音に釣られて二匹目が凄いスピードで旅団長レックスに向かって進んでいく。ワームたちは、旅団長レックスが作り出す振動に引き寄せられ、獲物を追いかけるように砂の中を突き進む。
旅団長が坂を下りきり、盾が地面に降り立ったか、降り立ってないかの、ほんの一瞬の出来事だった。土埃が舞い上がった瞬間、旅団長レックスが、まるで巨大なバネで弾かれたかのように、タイミングを計り脚力で空高く飛んでいった!
「まさか……!?」
わたしは、その光景に目を疑った。土埃が晴れると、そこには驚くべき光景が広がっていた。旅団長レックスが滑り降りた盾に、巨大なワームの一匹が、まるでヒルが絡みつくように巻き付いているのだ。ワームはもがき苦しみ、盾を締め付けている。
旅団長レックスは、空中で体勢を立て直し、そのままワームの射程を遥かに離れた場所に落ち、こちらを見てニヤッと笑った。彼は、ワームを盾に絡ませることで、自分への注意をそらし、さらにそのワームを一時的に拘束するという、とんでもない奇策を仕掛けたのだ。
わたしと煉は、その光景に呆然としていた。リザードマン旅団長レックスの命を賭した行動と、その意図を理解したわたしの頭脳が、この状況をどう利用すべきか、高速で回転し始めた。しかし、残りのワームが、今度はわたしたちの方へと向きを変えようとしていた。




