狩られる者たち
黒甲冑は、うねる海の上で――動かずに、こちらを向いていた。
波に揺られながら、まるで“出るタイミング”を計っているみたいに。
明里は、方位磁針をぎゅっと握りしめた。
「……黒甲冑に、近づいて」
「はぁ!?」
煉とポルックスが同時に声を上げる。
「何考えてるんだよ、明里!」
「自殺行為だ!」
明里は振り返らない。
「いいから……近づいて」
煉が歯を食いしばる。
「……もう知らないぞ!」
双胴艇は、波を切って前に出た。
黒い残滓のすぐ手前まで――限界まで、距離を詰める。
ぬめりを帯びた黒い海面の向こうで、兜の奥がこちらを向いている。
黒甲冑の兜が、ほんのわずかに傾いた。
「……今!」
ポルックスが杖を突き出す。
「――電磁干渉、最大!」
びり、と空気が震えた。
見えない波が、黒甲冑の周囲を包み込む。
黒い残滓が――一瞬、逆流した。
「……今のうちに!」
明里が叫ぶ。
三人は、一気に双胴艇を反転させ、
海岸脇の茂みに滑り込んだ。
葉と影に身を沈め、息を殺す。
――数分後。
海の方で、ずる……ずる……と、嫌な音がした。
黒い残滓が、再び盛り上がる。
今度は、はっきりと――胴体まで姿を現していた。
黒甲冑は、辺りを見回す。
……そして、低く、呟いた。
「……また、明里たちに一杯食わされたか」
明里の背中に、冷たい汗が伝う。
心臓が、嫌な速さで跳ねた。
(……やっぱり。こいつ――“追ってくる”)
煉が、声を潜めて囁く。
「狩猟犬みたいに、鼻がきくやつだな」
明里は、視線を逸らさずに答えた。
「……時間稼ぎのために近づいたの」
黒甲冑は、砂浜に一歩、足を下ろす。
ずし……と、重い音。
砂が、めり……と沈んだ。
兜の奥で、何かが――笑った気がした。
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