第8話 砂漠の三竦み
ギルドで仕事の依頼で砂漠の奥地にある小さな集落へ、貴重な水を送り届けるというものだった。依頼内容は単純だが、灼熱の太陽が容赦なくギラギラ照りつける広大な砂漠を横断する道のりは、決して楽ではない。
砂粒の間に、かすかに光を反射する無数の小さな欠片が埋もれていた。透き通るような輝きを放つそれらは、まるで星屑が地面に散りばめられたかのようだ。
わたしは足元に視線を落とし、その欠片をそっと拾い上げた。手のひらで転がる冷たいクリスタルビーストの欠片は、不思議なエネルギーを秘めているように、微かに震えている。触れた瞬間、わずかな振動が伝わり、まるで何かが目覚めようとしているかのような錯覚にとらわれた。
(クリスタルビーストの欠片がなぜここに?)
疑問を持ちつつポケットに仕舞った。
「この砂漠は本当に過酷ね。足元から熱気が伝わってくるわ。でも、この水が届いたら、きっとみんな喜んでくれるはずよ」
「ったく、こんな暑いところで水運びかよ。魔法で一気に運べねえのか?」
わたしは汗をぬぐいながら、少し苛立ったように言葉を続ける。
「魔法で水を生成するにも限界があるし、効率も悪いわ」
灼熱の太陽から身を守るため、二人は現地の商人が着るような薄手のトーブを身につけ、ユラユラと陽炎が立ち昇る足元を焼く砂漠を黙々《もくもく》と歩いていた。遠くに見える蜃気楼が揺らめき、地平線は熱で歪んで見える。どこまでも続く砂の海は、その雄大な景色とは裏腹に、生命の気配が希薄で、どこか不気味な静けさをまとっている。
その時、後方から微かな地鳴りのような振動が伝わってきた。最初は錯覚かと思ったが、その振動は徐々《じょじょ》に、そして確実に大きくなっていく。砂煙が空高く舞い上がり、それがこちらへと猛スピードで近づいてくるのが見えた。
「……何かが来るわ! しかも、かなりの数よ! 馬の蹄の音……リザードマン!?」
砂煙の中から姿を現したのは、屈強な緑色の肌の集団だった。彼らは、砂漠の馬を引き連れたリザードマンたちだ。鎧姿に背中には盾を載せている。その中に、以前、前王宮前で遭遇した、あの威圧的なリザードマンの旅団長らしき姿が見えた。彼の鋭い眼光が、明里たちを射抜く。
リザードマン旅団長レックス
「貴様ら! この地で何をしている!? 以前、王宮前で出会ったな! 我らの砂漠に、何の用だ!」
わたしは反射的に身構えた。煉も、腰の剣に手をかけ、臨戦態勢に入る。二重三重にリザードマンたちが馬を操り、わたしたちを取り囲む。その馬の蹄が砂地を叩く音が、威嚇するように響き渡り、砂埃が舞い上がった。
「わたしたちはギルドの依頼で、この先の集落に水を届けに来ただけよ! 争うつもりはないわ!」
リザードマン旅団長レックス
「嘘をつけ! 人間が我らの砂漠に、易々《やすやす》と立ち入ることを許すわけにはいかん!」
リザードマンたちが一斉に槍を構え、襲いかかろうとした、その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
地面が、まるで生きているかのように大きく波打ち、リザードマンたちの足元が崩れ落ちた。砂が巨大な渦を巻き、彼らを飲み込もうとする。
「な、なんだ!?」
リザードマン旅団長レックスが叫ぶ間もなく、彼の乗っていた馬が、そして周囲のリザードマン数体が、悲鳴を上げる間もなく砂の中に吸い込まれるように消えていった。
「うわああああっ!」
「地面が……地面が俺たちを食ってるぞ!」
リザードマンたちは、突如現れた見えない脅威にパニックを起こし、隊列が乱れる。外側の砂が大きく盛り上がり、その下には、何か巨大なものが蠢いているのがはっきりと分かった。
それは、「砂漠の巨顎」に似た、地中を潜むモンスターの気配だった。頭の先端が割れ、粘液を出し、鋸刃のような鋭い歯でリザードマン兵たちを呑み込んでいる。
「リザードマンも、このモンスターの存在は知らなかったのかしら……?」
「リザードマンが食われてるぞ! 俺たち、どうするんだ!?」
リザードマンたちは、わたしたちへの警戒を忘れ、突如現れた見えない脅威に恐怖し、我を忘れてバラバラに逃げ出した。
リザードマン旅団長
「落ち着け! 動くな! 振動に反応するぞ!」
旅団長の声は、逃げ惑うリザードマンたちには届かない。四方八方に逃げるリザードマンたちの足音で、地中モンスターを刺激しているようだった。逃げ惑うリザードマンたちのあとを、三匹のワームが追っていることを確認した。
わたしは隣にいる煉を見た。煉は今にも逃げ出しそうな、恐怖に引き攣った顔をしていたが、わたしが首を振り、煉を引き止めた。彼の瞳には、わたしへの信頼と、この場を乗り切ろうとする覚悟が宿っていた。
その時、煉の足元、わずか数メートル先の砂が、まるで沸騰したかのように盛り上がった。額から冷たい汗が伝う。いつも賑やかな彼の顔が青ざめ、恐怖が見て取れた。彼の全身が硬直し、呼吸すら忘れているようだった。
ゴゴゴ……
音を立てながら、盛り上がった砂の中から、巨大なミミズのような生物が、その頭部を突き出した。それは、紛れもなく「砂漠の巨顎」だった。
わたしは、思わず口の前で人差し指を立て、「シッー」と静かにするように煉に合図を送った。煉は、息をすることすら忘れ、硬直している。
リザードマン旅団長レックスも、馬から降りて、この状況にようやく気がついたようだった。彼の顔には、先ほどまでの余裕はなく、驚愕と焦りの色が浮かんでいた。しかし、すでに彼の兵の何人が逃げ切れたのかは分からない。
広大な砂漠の中で、わたしと煉は、巨大な地中モンスターと、混乱するリザードマン旅団長、絶体絶命の三すくみの状況に、たった二人で取り残されたのだった。




