70話 ネズミを探す蛇
明里たちが飛び込んだ船室は、外よりわずかに明るかった。
スケイルはその勢いのままドアを閉め、
――カチリ、と鍵を回す。
「これでいい。港までは、まだ時間はたっぷりある」
湿った呼吸をひとつ吐き、
敵はゆっくりと振り返った。
さっき入ってきたはずの明里たちが――いない。
「……?」
部屋の中央には大きなテーブル。
壁際には寝台が二つ。
灯りの揺れる船室は何も変わっていない。
変わったのは、
獲物の姿が“消えている”ことだけ。
スケイルは舌先で唇を舐め、鼻の奥を鳴らした。
「猫がネズミを追う気分だったが……」
低く笑う。
「今度はお前らが“ネズミ”になった気分はどうだ?」
スケイルの皮膚がわずかに波打つ。
ピット器官が、温度の“粒”を拾い始めていた。
――ひとつ。
――またひとつ。
部屋のあちこちに散らばる微弱な温度。
そのどれも、床や壁に紛れてほとんど判別できないほど小さい。
(……いる。確かに、どこかに)
スケイルの目が、ゆっくりと細められる。
一歩。
また一歩。
床板の上を踏むたび、
その足音が巨大な生物のそれのように響き、
部屋全体がかすかに震える。
「さあ……見つけてやるよ」
スケイルはテーブルの下、ベッドの隙間、棚の影。
温度を“一つずつ”確かめるように、
執拗に、慎重に、じわりと歩みを進めていく。
――温度の粒。
そのどれかが、明里か、煉か、ポルックス。
スケイルは知っている。
――少なくとも、この部屋に限っては逃げ場はない。
部屋の鍵は閉めた。
出られるはずがない。
だからこそ、
声はさらに静かに、愉悦を帯びていった。
「どこだ……どこに隠れた、小さなネズミども……」
灯りが揺れ、影が揺れる。
その影のどこかで――
明里たちは息を潜めていた。




