68話 歪んだ船内
明里たちは甲板から船内へ足を踏み入れた。
薄暗い。
灯りはついているのに、どこか湿った闇が漂っている。
(……嫌な気配)
階段を下りた瞬間だった。
船内の通路は妙に静かで、
床板の“木目の幅”が少し広いように感じた。
だが、雨の音に意識を取られ、誰も気づかなかった。
通路の奥で――
――カン、と金属がわずかに光を跳ね返した。
そこに“目”があるように思えた。
煉の目が鋭く光った。
「下がれッ!」
わたしとポルックスを胸で押し返し、そのまま身をかがめる。
直後――
“ヒュッ!”
矢が風を裂いて通り過ぎ、壁へ深く突き刺さった。
(今の……)
殺意が空気を切り裂く感覚。
背筋が凍る。
煉が低く言う。
「……灯りを消せ」
言われるより早く、
わたしは船内のランプを水魔法で撃ち落とした。
ぱん、と音がして、闇。
視界はほぼゼロになった。
だが――
“ヒュッ! ヒュンッ!”
矢は止まらなかった。
闇の中でも、正確にこちらを狙ってくる。
明里の肩、煉の右足、ポルックスの腕を掠める。
だが矢は――
異様に軽い。刺さっても、痛みより衝撃が先に来る。
煉が息を呑む。
「……やはりか。
あいつ、光じゃなく温度で位置を読み取ってる」
(温度……?)
まるで蛇のような、獲物の体温を捕らえる視線。
ぞわりと背中が冷たくなる。
(息が白く見える気がした。いや、違う。空気が“冷たくなっている”)
やがて矢の音が止んだ。
静寂。
(心臓の音まで聞かれてる気がする)
敵が動いた。
遠くの薄明かりに、わずかに影が浮かぶ。
子供ほどの背丈――
だが肩の位置が低すぎる。
まるで胴体の中心が“引きずられている”ような影。
(子ども……? いや、何かがおかしい)
船板の上を、かすれるような足取りで移動している。
通路の奥で、床板の上を“すっ……す……”と何かが擦る音がした。
(小さい……? いや……)
床板が妙に“高く”見えた。
逃げるような、
次の攻撃位置へ向かうような――
不気味な気配。
煉は小さく息を吐く。
「……矢が尽きたか。だが逃がすわけにはいかない」
彼はポルックスへ視線を送る。
「ポルックス、右の通路へ回り込め。
挟み撃ちにする。近距離ならお前が有利だ」
ポルックスはうなずき、壁を伝いながら駆け出した。
――その際、
手が壁の“手すり”に触れた瞬間、ほんの少しだけバランスを崩した。
手すりが、いつもより胸の高さに見えたのだ。
薄暗い通路に足音が遠ざかっていく。
煉が低くつぶやく。
「明里、動くな。敵はまだ近い。
温度でこちらを探っている」
船内の暗闇が、息を潜めてこちらを見ているように思えた。
(空気が、奥へ向かって“引かれて”いる気がした)




