66話 雨に残る黒の残滓
黒甲冑の声――
『お前はあの夜――俺を殺した』
あの言葉が、頭の奥で何度も何度もこだました。
わたしは雨の山道を下りながら、無意識に何度も背後を振り返っていた。
霧の向こうから、黒い影がまた歩いてくる気がして。
煉もポルックスも、傷は深いがまだ歩ける。
だが――レックスだけは違った。
肩の傷口が、じわじわと黒く変色していた。
(黒甲冑の……黒魔法……?)
嫌な予感が胸を締めつけた、その時だった。
雨の中を歩き出した瞬間、
背後でレックスが短く息を呑んだ。
「っ……ぐ……!」
振り返ると、レックスが胸を押さえ、片膝をついていた。
泥が跳ね、彼の大きな体が揺れる。
「レックス!? まだ動くのは――」
「大丈夫だって……言ってんだろ……!」
強がる声とは裏腹に、足は震え、踏ん張れていない。
シルフィアが駆け寄り、額に触れた瞬間――
彼女の表情が変わった。
「……黒魔法の“残滓”が残ってる。
これは傷じゃない。生命力そのものが削られてる……。
このまま歩いたら、あなた――倒れるどころじゃすまない」
レックスは歯を噛み締め、わたしを睨んだ。
「なにが……残滓だ……まだ……戦える……はずだろ……!」
けれどその身体は、泥へ沈むように前のめりに崩れた。
わたしが手を伸ばすより早く、
シルフィアが両腕で受け止めた。
「もう無理よ」
その声は雨よりも低く、揺らぎがなかった。
「あなたは“無理してでも明里を助ける”タイプ。
だから止めるのは、わたしの役目」
レックスの目が苦しげに揺れる。
「……創生の術式が解かれるかもしれないのに……置いていけるかよ……」
「レックス」
シルフィアは泥の上に膝をつき、まっすぐ彼の目を見た。
「わたし、あなたに借りがあるの。
あの山で……死にかけたとき。
あなたが背負ってくれなければ、今ここにいない」
レックスの呼吸が、わずかに止まった。
「だから……この借りは“今”返す。
ここであなたを治す――それが、わたしの戦い」
拳に怒りを込め、地面を叩く。
雨音が、一瞬だけ遠くなった気がした。
シルフィアはわたしたちへ振り返り、濡れた前髪を払う。
「本当にごめん。
でも、この状態のレックスを連れて行くのは無理。
治せたら、必ず追いつく。
あなたたちは進んで」
胸が痛かった。
けれど、その声は静かでまっすぐで――嘘がなかった。
「……ありがとう。二人とも。
絶対に……後で来て」
わたしはレックスの大きな手を優しく握る。
レックスは悔しさを押し隠して笑った。
「……治ったらすぐ追いかけるからよ。
明里、お前は……前に進め」
その言葉に背を押され、
わたしたちは雨の中へ再び歩き出した。




