64話 明里、裁かれる夜
わたしが対峙した黒甲冑の前に、大きな影が飛び出してきた。
わたしより何倍も大きなその影は、黒甲冑を正面から受け止めていた。
筋肉の塊――レックスだった。
「パワー自慢はお前だけじゃないぜ!」
レックスは黒甲冑と四つに組む。レックスの足が泥にめり込み、地面が悲鳴を上げた。
それでも彼は一歩も退かず、獣のように歯を食いしばった。
しかし泥水に足を取られ、じわじわと後退していき、ついに腰をとられて投げ飛ばされた。
黒甲冑が魔法を唱えた「ヘルハウンド!」
霧を裂いて飛び出した魔犬が、レックスの肩口へ食らいついた。
肉が裂け、レックスの巨体が泥に沈む。
そこへポルックスが身構える。
「ライトニング・ボルト!!」
雷鳴が闇を裂き、黒甲冑へ直撃した。光に照らされた一瞬、黒甲冑の輪郭だけが不気味に浮かび上がる。
「やったか!?」と煉が叫ぶ。
だが。
黒甲冑は煙をまとったまま、爆発的な速度でポルックスの目の前に踊り出た。
「お前が……ポルックスか」
言い終える前に、
「サンダーボルト」
閃光。ポルックスに雷撃が直撃した。
すかさず黒甲冑はわたしへ向かってくる。
あまりの速さに息を呑むと、その巨体はわたしの目の前で止まった。
「お前はあの夜――俺を殺した」
その声音には、怒りとも悲しみともつかない、沈んだ震えがあった。
振りかぶられた拳。 わたしは反射で叫ぶ。
「アクア・シールド!!」
だが防御ごと吹き飛ばされた。
泥に叩きつけられながら、黒甲冑の言葉だけが反響する。
(殺した……? 前に会ったこと、ある……?)
背筋が、雨よりも冷たい何かに撫でられた。
「明里!! 大丈夫か!?」
煉が駆け寄り、返事を待たずに抱き起こす。
その瞳は怒りで赤く揺れていた。
「テメェ……よくも……!」
「待って、煉――!」
叫びも届かず、煉は飛び込む。
「フレイム――ッ!!」
炎が走る。しかし黒甲冑は微動だにせず、拳の一振りで炎ごと煉を吹き飛ばした。
「ぐぁっ――!」
泥に転がる煉。
黒甲冑はその首を片手でつまみ上げた。
「小僧、お前にもサンダーボルトを味わわせてやる」
雷が煉の体に落ち、痙攣させる。
「煉が……死んじゃう……やめて!!」
叫けんだ。雨が降り注ぎ霧が濃くなっていく。
(これだけ霧があれば……分解で爆発を――)
念動術の石を握りしめたその瞬間。
「霧の密度……上昇。なるほど。分解か」
黒甲冑の低い声が雨を震わせる。
「お前の魔力なら、この霧を爆発させられる。
水素と酸素――大量に弾ければ、さすがの俺もどうなるかわからん」
(この怪物……考えて動いてる。魔物じゃない――戦士だ)
煉の首が、さらに締めつけられた。
「だが、この小僧の命は――保証されない」
「ッ……!」
(逃げる? でも……煉が……死ぬ。
だったら……分解して……いや、でも……!)
魔力が乱れる。
「……わかった。やめる……やめるから……!」
雨の音が遠くなる。
煉が声を振り絞った。
「明里……来るな……逃げろ……ッ!!」
その叫びは、雨に砕かれながらも必死に届いた。
煉の足が泥を掻いた。
逃げたいのに、力が入らない。
胸が痛んだ。
でも――逃げない。逃げられない。
足が、ほんの少しだけ仲間の方へ動いた。
(……行かなきゃ。わたしだけなら……)
それでも、足は震えていた。
わたしは泥を踏みしめ、一歩前へ出た。
黒甲冑の視線が、ゆっくりとわたしへ吸い寄せられる。
黒甲冑は煉を放り捨てると、
まるで“処刑台へ歩く執行人”のように、重い足取りでこちらへ向かってくる。
ずぶり……ずぶり……。
泥の跳ねる音と、鉄の軋む低い響きが混ざり合う。
その一歩一歩が、
わたしの心臓の鼓動よりも大きく、確実に近づいてくる。
(……来る)
黒い巨影が、ゆらりと腕を持ち上げた。




