63話 悪魔の火
煉が叫んだ。
「シルフィア、どけろ! ――フレイムバレット!」
次の瞬間、火球が裂けるように放たれ、カードの真上で“バンッ”と赤光が弾けた。
豪雨で濡れていたはずのカードが、まるで油をかぶったように一気に燃え上がる。
山霧は真紅に染まり、周囲の影が異様に引き延ばされた。
燃え盛るカードと、そこから立ち上る黒い炎を前に、わたしたちは直感した。
――この炎、ただの魔法じゃない。
轟々と降り注ぐ雨は地面を叩き続ける。
焚き火は消えかけているというのに、カードの炎だけは黒い芯を抱え、“揺らぎもせず”そこに立ち尽くしていた。
「……嫌な……感じ……」
シルフィアの声が震える。
炎が“しゅう”と音を立てて内側へ吸い込まれ、中心から黒煙がゆっくりと噴き上がった。
その奥で、何かが金属を軋ませている。
“ギ……ギチ……ギギッ……”
生まれようとしている――。
黒煙が裂けた。
漆黒の甲冑が、炎の残光を背に、ゆっくりと姿を露わにする。
「ッ……来た……!」
シルフィアの瞳がそれを捉えた瞬間、世界がひとつ息を呑んだ。
次の瞬間、巨体が弾丸のように跳ぶ。
“ギィンッ”
暴力的な速度で金属音が弾け、黒い影は線となってシルフィアへと迫る。
「はや……っ!」
煉の声を置き去りにして、シルフィアが反射的に手をかざす。
掌に魔力が走り――
「――《グラビティ》!」
空気が押しつぶされるように歪む。
雨粒の軌道が曲がり、足元の泥が重みを受けて沈んだ。
見えない重力の膜が黒甲冑を叩きつける。
“ドンッ!!”
衝撃が大地を割り、黒甲冑の足が深く沈んだ。
一瞬――いや、一秒にも満たない停止。
だが、それだけで十分だった。この存在が“ただの怪物”ではないことは、誰の目にも明らかだった。
「……効かぬ」
黒甲冑は地面の亀裂を力ずくで押し広げ、赤い双眸で再びシルフィアを標的として捉える。
シルフィアの呼吸が止まりかける。
胸が凍りつく。
だが、わたしは反射で剣を抜き――泥を蹴って飛び出した。
「シルフィア! 下がって!!」
その叫びと同時に、黒甲冑が重力の抑圧を振り切る。
ひび割れた大地を粉砕し――
再び、殺意の疾走でこちらへ迫ってきた。




