第61話 雷鳴の夜、悪魔が笑う
レックスが机の上の地図に目をやった。
指先が砂漠の縁をなぞる。
「いいか? 明里と煉が俺と出会ったのが、この砂漠地帯だ」
その指が、さらに西――地図の余白近くを指し示す。
「未開の地は、この先だ。街道も途切れていて、点々と小さな集落があるだけだ。
……そこには、古代文明の遺構が眠っているとも言われている。」
しばし沈黙。
ポルックスが顎に手を当て、ぼそりと呟いた。
「……なら、装備を整えないとな。」
煉が明るく振る舞いながら
「俺たちなら創生の術式なんてすぐ取り返せるよ だろ?明里」
レックスが軽く頷く。
「陸路なら馬車を使うしかない。海路を取るなら、港をいくつか経由する必要がある。
ただし――未開の地に一番近い港は、まだ整備されていない。
時間もないから、山側をつたってショートカットしながら港に向かうのがベストだ。
……ただし、山は急だ。その分、危険性も上がる。」
少し間を置いて、彼は続けた。
「それに――明里が言っていた《創生の術式》の解読にも、時間がかかるだろう。
黒甲冑の動きが早いなら、こっちも急ぐ必要がある。」
「つまり、どっちにしても危険ってわけね」
シルフィアが苦笑しながらも、ふと眉をひそめた。
「……風が重い。嫌な感じ。嵐が来るかもしれないわね」
小屋の中の灯が、わずかに揺れる。
沈黙が流れた。
だがその声の奥には、どこか冒険者らしい高揚が混じっていた。
明里は静かに地図を見つめた。
灯の揺らめきが、その瞳に映る。
――今度こそ、黒甲冑の影を追い詰める。
外の風が、窓を鳴らした。
まるで、誰かが出発を急かしているかのように。
夜。
雨の音が、静かに屋根を叩いていた。
外は霧が深く、月も星も見えない。
シルフィアはランタンの灯を落とし、静かにカードを並べていた。
机の上には古びた布が敷かれ、そこにタロットが円を描くように置かれていく。
その手つきは、祈りにも似ていた。
「……明里、今の気持ちを思い浮かべて」
静かな声。焚き火の残り火が、ゆらりと揺れる。
明里は目を閉じた。
心に浮かぶのは――黒甲冑。あの、炎の夜。
喉の奥が、かすかに熱くなる。
シルフィアが一枚、カードをめくった。
「過去」――女教皇。
「真実を見通す目、ね。あなたが選ばれたのは、偶然じゃない」
もう一枚。
「現在」――塔。
雷に打たれ崩れ落ちる塔の絵が、燭の光に照らされて不気味に揺れた。
「……崩壊。変化。避けられない試練」
シルフィアの声が少し震える。
そして、最後の一枚。
「未来」――悪魔。
その瞬間、部屋の空気が凍った。
暖炉の火が、ひときわ強くはぜ、明かりが一瞬だけ消える。
「……っ!」
明里が思わず息をのむ。
シルフィアの瞳が細められる。
「――“拘束”と“誘惑”……。だけど、これ……何か、違う」
カードの表面に、黒い煤のような影が広がっていく。
風もないのに、紙の端が震えていた。
明里は無意識に、腰の剣に手を添えていた。
胸の奥が、ざわつく。
シルフィアのカードが、焦げたような匂いを放つ。
その時、外から――雨音が低く響いた。
誰かが、目を覚ます前兆のように。




