第60話 火のそばで語る影
明里たちは、また数日をかけて――レックスが待つ小屋へと向かっていた。
冷たい風に砂が舞い、道端の草木は乾いて音もなく揺れる。
それでも、見慣れた山の稜線が見えた時、胸の奥が少し温かくなった。
ドアを開けると、懐かしい顔がそこにあった。
レックスが振り向き、驚いたように目を見開く。
久しぶりの仲間の姿に、明里は思わず笑っていた。
――話したいことが、たくさんある。
王立図書館のこと。ブリキの番人のこと。
そして《創生の術式》――あの禁書を、黒甲冑に奪われたこと。
胸の奥に言葉が溢れていたが、どれから話せばいいのか分からなかった。
それよりもまず、これからどうするのか――レックスと、話し合わなければ。
外では風が木壁を叩き、古い屋根が軋む音がした。
小屋の中は暖かいはずなのに、どこか息苦しい。
◇ ◇ ◇
一通り話し終えると、レックスはしばらく無言のままだった。
古びた机の上の地図に視線を落とし、指で何度も線をなぞる。
そして、ぽつりと呟いた。
「……手掛かりが、潰えたのか。」
沈黙。暖炉のはぜる音だけが小屋に響く。
明里が何か言いかけたその時――
「ならさ」
煉が腕を組んで、低い声で口を挟んだ。
「レックスに依頼を頼んだ“依頼主”を辿ったらどうだ?
そしたら、クリスタルビーストのことも……なにか分かるかもしれねぇ」
その言葉に、レックスは眉をひそめた。
しばらく考え込み、そして首を横に振る。
「ダメだろうな。何人か人を介してる。
辿れたとしても――奴らが素直に喋る保証はない。」
その声には、諦めではなく、確かな“警戒”が滲んでいた。
明里は、皆の顔をゆっくりと見回した。
暖炉の灯りが、レックスの頬に赤い影を落とす。
その静けさの中で、明里は意を決して口を開いた。
「あのね。……シルフィアとも相談したんだけど」
少し間を置き、レックスの方へ身を乗り出す。
「レックスが発掘した――あのクリスタルビーストの未開の地を、もう一度調べるのはどうかな?
何か、痕跡が残ってるかもしれない」
レックスは黙ったまま、暖炉の火を見つめた。
火花が小さく弾ける音だけが、会話の代わりのように響く。
明里は、レックスの顔を覗き込むようにして問いかけた。
「ねぇ……行ってみても、いい?」
しばらくの沈黙。
やがて、レックスがゆっくりと息を吐いた。
「……あそこは、もう閉鎖したはずだったが」
低い声。だがその奥には、どこか“ためらい”が混じっていた。
「だが……確かに、気になる。
あの時、見落としたものがあるかもしれん」
その言葉に、煉が口元を緩めた。
「決まりだな。久々に“発掘”らしいことをやるってわけだ」
小屋の中に、少しだけ緊張が解けた空気が流れる。
しかし、レックスだけはまだ表情を曇らせたままだった。
――その目の奥に、明里は一瞬だけ“別の何か”を感じた。
迷いとも、恐れともつかない、わずかな影を。




