57話 創生術式:叡智の書
(戦闘後の静寂から...)
シルフィアと明里は息を呑んだ。
だが、もう動くことはなかった。
そして――完全に、沈黙した。
図書館には、銃撃の痕と、散乱した紙の破片、そして静かに倒れたブリキの番人だけが残った。魔力無効の空間も解除され、どこからか風の音が聞こえてくる。
「……勝った、のね?」
シルフィアが震える声で呟いた。彼女のローブには、弾丸の破片が掠めた跡が残っている。
「ええ。正確には、『停止』させただけだけど」
明里は荒い呼吸を整えながら、倒れた机の影からゆっくりと立ち上がった。彼女の目線は、すでに戦いの原因となった古びた一冊の禁書に向けられている。
「シルフィア、早く。この本よ」
二人は禁書を抱え、図書館の一番奥、まだ崩れていない木製の読書台へと運んだ。
表紙は煤けて分厚く、特別な魔法がかけられている様子もない。
シルフィアが緊張した面持ちで、その禁書を静かに開いた。
ページは煤けて分厚く、魔法陣のような図形が描かれている。しかし、文字は左右が反転していた。
「やっぱり……読めない」
シルフィアが隣で焦燥を滲ませた。
明里の視線はその反転した文字の束の中に、違和感ではなく、むしろ既視感を見つけていた。
冒頭のページ、そこには力強い筆致で、読む者を拒絶するように鏡文字でこう記されていた。
『この本は人類の創造と叡智の為に記した。』
明里は、思わず息を呑んだ。
「創造と叡智……まるで、科学者の言葉みたい。でも、どうしてわざわざ、こんな書き方で……」
彼女の脳裏に、地球の偉大な科学者、レオナルド・ダ・ヴィンチの姿が浮かんだ。秘密を守るため、あるいは左利きゆえの合理性の追求。
「鏡文字……ふふ、やってくれるじゃない」
明里の顔に、恐怖ではなく、科学者としての挑戦を受けるような笑みが浮かんだ。彼女の理系の知性が、この世界の“創生の術式”という最大の謎に挑む瞬間だった。
「シルフィア、鏡か、光を反射する、滑らかで平らな面を探して。この文字は、私たちへの挑戦状よ。この本を開くには、この世界の魔法ではなく、地球の『叡智』が必要だわ」
シルフィアの視線が、銃弾で崩れた棚と、その傍らに横たわるブリキの番人の方向へと向いた。番人の胸部パネルは激しい銃撃を受けていたが、その一部、変形したキャタピラーの鋼鉄のベルトは、まだわずかに光沢を保っている。
「あれなら……」
シルフィアは慎重に番人に近づき、倒れた巨体の脇から、鋼鉄のベルトの一片を外して持ってきた。表面は研磨され、わずかに歪みはあるものの、光を反射するには十分だ。
明里は急いで禁書を平らな読書台に置き、シルフィアから受け取った金属片を、鏡文字の隣に立てかけるように置いた。
緊張が走る。
金属片に反射した光が、ページに描かれた反転文字を映し出す。
文字は、鮮明に、正確に、元通りに反転していた。
明里とシルフィアは、金属片に映った文字を覗き込むように顔を寄せた。
『この本は人類の創造と叡智の為に記した』
そして、その下に続く“創生の術式”の核心が、静かに、二人の目の前に姿を現した――。




