51話 夢が告げた始まり
外では、夜明け前の風が森を撫でていた。
小屋の中、暖炉の火がかすかに揺れる。
明里は椅子に腰を下ろし、机の上の紙片を見つめていた。
そこには、自分の手で書き留めた一つの言葉。
――創生の術式。
「……ねえ、レックス」
向かいで剣の手入れをしていたレックスが、顔を上げた。
「ん、どうした?」
「“創生の術式”って、何か聞いたことある?」
明里は言葉を選ぶように問いかけた。
「夢の中で……その言葉が、ずっと頭から離れなくて」
レックスは短く息を吐いた。
「創生、ね。聞いたことはあるが……あれはもう、伝説だ。
人が“世界を創る力”を得ようとした時代の記録。
今じゃ、禁書の扱いだ」
「禁書……」
「それに関する文献なら、俺たちの国にはない。
だが――」
レックスは立ち上がり、壁に掛けられた地図を指差した。
指先が、隣国《アルディナ王国》の紋章の上で止まる。
「ここ、アルディナの王都グランセル。
あそこの《王立図書館》なら、古代史と神話の記録が一番揃ってる。
“創生”の名が残ってるとすれば、きっとそこだ」
明里は思わず顔を上げた。
「……行けるの?」
「簡単じゃない。
国境は厳しいし、魔物の領域も越えなきゃならん。
でも――本気で知りたいなら、俺が連れて行く」
「レックス……」
「調べるの時間がかかるからわたしだけで調べたいの」
一瞬、明里の胸が熱くなる。なぜ断ったのか、あの夢が妙にリアルだったからだろうか?
あの夢は、ただの幻じゃない――そう思うには、あまりに現実的だった。
言葉を探していると、レックスが微かに笑った。
「ただし、無茶はするなよ。お前が倒れたら、全部無駄になる」
「……うん。ありがとう」
火の粉がぱちりと弾けた。
その瞬間、明里の胸の奥で、何かが静かに決意に変わった。
――行こう。
“創生の術式”の謎を、確かめに。
外では、朝靄が森の木々の間をゆっくりと流れていた。
小屋の前、明里は背に荷を背負い、地図を折りたたんで腰のポーチにしまった。
扉の向こうから、レックスの低い声が聞こえる。
「……本当に、一人で行くつもりか?」
明里は振り返り、小さく頷いた。
「うん。自分で確かめたいの。あの夢が――どうしても気になるから」
レックスは短く息を吐いた。
「そう言うと思ったよ。……なら、せめて護衛くらいはつけさせてくれ」
その言葉と同時に、部屋の奥からシルフィアが顔を出す。
長い銀の髪を軽く結い、旅装に身を包んでいた。
「もう準備できてるわよ、明里」
「……え?」
明里が目を瞬く。
シルフィアはにっこりと笑って、手にした杖を軽く回した。
「一人で行かせるわけないじゃない。古代文字もあなた読めないでしょ?私も気になるの、“創生の術式”。
――それに、あなたの顔を見たら放っておけないもの」
「……ありがとう。でも、危ないかもしれない」
「危ないのは、あなたが一人で考えすぎる時でしょ?」
シルフィアは明里の肩を軽く叩き、いたずらっぽく微笑む。
「大丈夫。私、こう見えて結構しぶといのよ」
レックスは二人を見て、小さく笑った。
「……まったく。お前ら、息が合ってるんだか危なっかしいんだか」
そう言いながらも、その声にはどこか安心の色があった。
「アルディナ王国までの道は長い。途中、魔物の出る峡谷もある。
――くれぐれも油断するな。いいな?……何か掴んだら、必ず戻ってこい。答えがどんな形でも、受け止めてやる」
「うん、約束する」
明里は力強く頷いた。
シルフィアが軽く杖を掲げると、足元に淡い光の紋が浮かんだ。
朝日が昇り始め、森の空気が金色に染まっていく。
「さあ、行こう。答えは――きっと、あの図書館の奥にある」
明里は一歩、森の道へ踏み出した。
その瞬間、夜明けの風が頬を撫で、遠くで鳥の声が響いた。
――すべてが、始まりを告げているようだった。




