第5話 諸刃の作戦
わたしは息を整えながら、煉に段取りを話した。
クリスタルビーストの核を、特定の周波数の音で共振させて破壊する作戦。
それは、これまでの経験と科学知識から導き出した、唯一の可能性と思える攻略法だった。
しかし、それは一歩間違えれば、自分たちが危険に晒される諸刃の剣だった。
明里「この作戦は、一つタイミングがずれたら、私たち自身が危ないわ。煉、頼むね。あなたの誘導にかかってる。」
煉は、わたしの真剣な眼差しを受け止め、固く頷いた。
だが、その顔にはまだ、あの圧倒的な怪物を前にした時の不安の色が残っている。
煉「…大丈夫なのかよ、本当に? あんな化物、見たことないぞ。俺の魔法も全く効かなかったんだ。あんなもの使って、本当に効くのかよ…? 理論上は正しいって言われても…」
明里「理論上は正しいはず、よ。結晶構造を持つ物質は、特定の振動数で共振する性質がある。あのクリスタルの核も、おそらく…
でも、上手く行く保証はないことも分かってる。」
わたしは科学的に説明しようとするが、煉には難しい話だろう。
わたし自身も、未知の相手に対する、ぶっつけ本番の作戦であることに変わりはないことを理解していた。
ポケットに仕舞った「アレ」――あの道具屋で手に入れた、心許ないが、お守りのようにぎゅっと握りしめる。
これが、この絶望的な状況を覆すための、唯一の希望だった。
煉は静かに手を固く握り締めることしかできなかった。
この作戦は、広い場所では使えない。音の反響を利用するため、特定の地形が必要になる。
そして、クリスタルビーストを誘導する煉と、後方から近づく明里。
二人の息が、コンマ数秒でもずれたら、あのレーザーの餌食になる可能性がある、極めて危険な戦術だった。
わたしたちは、クリスタルビーストを探し始めた。
王都の門を出てすぐの襲撃現場に戻ると、そこには荷馬車が燃え、黒い煙が空高く上がっていた。
兵士たちの姿は、もうどこにも見えない。辺りには、焦げ付いた匂いと、破壊の痕跡だけが残されていた。
(旧市街の方に行ったのか…!)
クリスタルビーストがこのまま旧市街の方へ進んでいれば、さらに多くの被害が出てしまう。
一刻の猶予もない。私たちは、急いで旧市街地の方角へ向かった。
旧市街の入り口付近で、わたしたちはクリスタルビーストを発見した。
宙に浮かび、あの双三角錐の体をゆっくりと揺らしながら、まるで獲物を探しているみたいに左右を向いている。
その姿は、改めて見ても異質で不気味だった。周囲の建物は、まだ無事なようだが、いつ攻撃されるか分からない。
わたしと煉は、アイコンタクトで頷き合い、別々に行動に移す。
まずわたしが、近くの建物の陰に潜み、クリスタルビーストの注意を引かないように身を隠す。
心臓がドクドクと鳴っている。
そして、煉が囮になる番だ。煉は、クリスタルビーストから少し離れた場所から、わざと大きな物音を立て、その注意を引いた。
ガシャン!
クリスタルビーストの核が、ゆっくりと煉の方を向く。
(よし…! 気づいた…!)
クリスタルビーストは、煉を新たな獲物と認識したようだ。
ゆっくりと、しかし確実に煉の方へ向かってくる。その無機質な動きが、かえって恐怖を煽る。
煉は、クリスタルビーストの追跡をギリギリでかわしながら、森の方へ走り出した。
森の中に入れば、木々や茂みが視界を遮り、クリスタルビーストのレーザー攻撃の精度が落ちるはずだ。
そして、何よりも、煉のすばしっこさが森の茂みで有利に働く。
クリスタルビーストのような巨体が、茂みの中を通り抜けるのは容易ではないだろう。
クリスタルビーストが煉を追いかけて森の中へ入っていくのを確認し、明里も後を追う。
森を抜けたら山を削った炭鉱跡があったはずだ。『なんでも屋』で買ったアレを山の崖部分に反響させれば核が壊れるはず。
だが、わたしの心には、一つの大きな不安があった。
クリスタルビーストを追跡している間は、煉に集中しているだろう。
しかし、崖部分に追い詰めた後、わたしの存在を知り、もしクリスタルビーストが反対方向に向きを変えてしまったら…
(そうなったら、一巻の終わりだ…!)
アレによる高周波攻撃は、クリスタルビーストが核をこちらに向けている状態でなければ意味がない。
もし向きを変えられたら、これまでの苦労が水の泡となり、逃げることも難しくなる。
それは、作戦における最大の、そして最も危険な不確実性だった。
明里は、廃材の陰に身を潜めながら、慎重にクリスタルビーストを追っていた。
煉がうまく誘導している。森を抜けた…!
その時、わたしの足が、不注意にも近くにあった道具箱を蹴ってしまった。
ゴトッ! ガラガラッ!
金属と木がぶつかる、乾いた音が、静かな森の中に響き渡る。
(しまった…!)
鳴り響く音に、クリスタルビーストが反応した。
煉を追っていた動きを止め、ゆっくりと、その双三角錐の体をわたしの方へ方向転換させる。
妖しく光る核が、こちらを向く。
(まさか…そんな…!)
わたしは、絶望的な思いで立ち尽くした。
作戦における最大の危険性が、最悪の形で現実になってしまったのだ。




