49話 終わりなき目覚め
――現実
小屋に静寂が戻った。
レックスはまだ鏡を握りしめ、呼吸を整える。
シルフィアも膝をつき、明里の意識を確認していた。
しかし、明里の身体はまだ半分夢の中にいるようで、呼吸は浅い。
小さな光の粒が、彼女の体の周囲に漂っていた。
「……明里……しっかり……!」
レックスが手を差し伸べる。だが、触れられない。
光の粒が、レックスの手のひらをかすめて消えた。
――夢の残滓
夢の中の風景が、まだ彼女の意識に残っている。
砂鉄のゴーレムは崩れ、赤い糸は空中で消滅したが、ピエロの痕跡――狂気の残滓が微かに揺れている。
明里は意識の奥でそれを見つめ、ゆっくりと目を開いた。
(……まだ終わってない……)
(ピエロの残滓が、どこかに――)
黒い影がちらりと揺れる。
それは、夢の中に生き残った“部分的な残滓”だった。
完全な実体ではないが、力の断片が意識にしがみついている。
――覚醒
明里の胸に、女神の鏡の光が淡く反射する。
その光は、夢と現実の境界を揺らす――彼女の内なる魔力と共鳴していた。
「――これが……」
小さな声が力を帯びる。
煉も意識を取り戻し、明里の傍に駆け寄った。
彼の額には血ではなく、まだ淡い光が滲んでいる。
「無茶すんなよ……けど、やるなら俺も手伝う。」
煉が右手を翳すと、炎の紋章がわずかに灯り、明里の光に共鳴した。
ポルックスも半身を起こし、明里の方を見た。
少年の掌に、青白い磁気がまだ残っている。
「……あの時の砂鉄、まだ動ける。僕、やってみる!」
明里は微笑み、頷いた。
「ポルックス……! 砂鉄を、もう一度!」
夢の中の砂鉄の残滓が光に呼応し、微細な粒子となって明里の手元に集まる。
煉の炎がそれを包み、ポルックスの雷が導線を走らせる。
三人の魔力が交わり、渦を描いた。
「……私が、止める!」
光の渦が膨れ上がる。
残滓は恐怖に反応し、逃げるように揺れる。
その中から、ピエロの“仮面”だけが浮かび上がった。
――だが、それは笑っていなかった。
ひび割れた仮面の隙間から、闇の煙が漏れ出し、耳の奥で誰かの声が囁く。
「……まだ……見てるぞ……」
その言葉と同時に、鏡の光が爆ぜた。
残滓は悲鳴のようなノイズをあげながら、ひとつの黒い塊となり、
最終的に白い光に飲み込まれた。
――鏡の秘密
光が収まった後、鏡を見つめる明里。
その鏡面には、ピエロの痕跡ではなく、彼女自身の微笑みが映っていた。
だが、鏡の奥――ほんの一瞬、
笑っていない“もうひとつの顔”が、確かに覗いた気がした。
(――鏡は、私を映すだけじゃない。現実と夢を繋ぐ……そして――)
明里は目を閉じ、鏡を胸に抱いた。
「……これが、女神の“息”なのね。」
レックスがそっと声をかける。
「明里……無事か?」
彼女は微笑む。
「ええ。……夢も、現実も、これからは私たち次第。」
鏡の縁から淡い光が零れ、部屋に温かい光を広げる。
それはまるで、女神の息吹のようだった。
――ただ、その奥底で、何かがまだ眠っている。
――余韻
小屋の外に風が吹き抜ける。
砂の光の粒が、遠くの空へと舞い上がる。
ピエロの残滓は完全に消え、残されたのは彼らの絆と、これからの戦いへの希望だけだった。
煉は真っ直ぐな明里の瞳を見る。
レックスは鏡を握り直し、決意を固める。
ポルックスは明里の手を握る。
シルフィアは静かに頷き、明里の隣で立つ。
床に落ちたクリスタルの欠片が、静かに呼吸するように光っていた。
「……まだ、終わらないけど……」
明里の声には、覚醒した力と、自信が宿っていた。
そして、彼女たちは新たな戦いに向けて、静かに扉を開いた――。
二部完




