48話 砂鉄の巨人と雷の詩
――夢の中
砂の大地が鳴動していた。
空には亀裂が走り、赤い糸の断片が風に散る。
ピエロの仮面は半ば砕け、むき出しになった片目が血走っている。白い牙がするどい。
「貴様ら……まだ、足掻く気か……!?」
煉が立ち上がる。血ではなく、光が腕を伝い落ちる。腕で汗をぬぐい、目を見開く。
「足掻く? ああ、足掻くさ。――お前を引きずり下ろすまでな!」
ピエロが指を鳴らす。
赤い糸が再び空を覆い、世界を絡め取るように渦巻いた。
そのとき、ポルックスがゆっくりと拳を握った。
掌に走る青い雷。
大地が反応し、砂鉄がざわめく。
「……動け。応えろ……!」
砂鉄が蠢き、やがて人の形を成していく。
腕、脚、胸。――そして、頭部。
それは、黒鉄の巨人だった。
無数の粒が磁力に引かれ、ひとつの“意志”を宿す。
「な……それは……!」
ピエロの声が裏返る。
「創造の化け物か? 君たちごときが芸術を語るなッ!!」
明里が叫んだ。
「違う! あなたの“芸術”は壊すだけ!
でも、わたしたちは――生み出す!」
ポルックスの叫びとともに、砂のゴーレムが咆哮した。
巨腕が振り下ろされる――砂が空を舞い、赤い糸が巻き付く。雷が轟き、黒鉄の体が反応する。
雷と磁場が共鳴し、空が爆ぜた。
ピエロの悲鳴が響く。
「やめろォォ!! それは私の――舞台だ!!」
砂の巨腕が叩きつけられる。
仮面が砕け、白い欠片が宙に舞った。
だがその瞬間――
ピエロの身体は崩れず、むしろ影が膨れ上がる。
「ハハハハハハハ! まだ終わらない……!
私は、現実にも存在する!! 君たちが夢に囚われたまま……!」
明里が息を呑む。
「……現実……?」
空がひび割れ、光の筋が差し込む。
彼女の視界に、遠い世界――レックスの姿が、かすかに映った。
――現実
レックスが剣を構え、鏡を拾い上げる。
その鏡は淡く脈動し、空気が震えていた。
分身したピエロたちが円を描くように取り囲む。
「さあ、君も“舞台”の仲間入りだ!」
十のピエロが同時に襲いかかる。
ムチが唸り、空気が裂ける。
しかし――鏡の中に、九つの影しか映らなかった。
「……そういうことか。」
レックスの瞳が鋭く光る。
彼は剣を構え、鏡をその前に掲げた。
「映らないお前が、“偽りの本体”だな。」
ピエロが一瞬、動きを止める。
「な、何を――!」
「真実を映す。――女神の鏡がそう言ってる。」
鏡が強く輝いた。
ピエロの分身たちが溶けるように消えていく。
残ったひとりが、歪んだ悲鳴をあげた。
「やめろ! 見るな! 私を、映すなァァ!!」
鏡面が光を放つ。
レックスが踏み込み、剣を振り下ろした。
光と刃が重なり、ピエロの仮面を正面から叩き割る。
――パリン。
その音が響いた瞬間、夢の世界も同時に崩壊を始めた。
夢の痕跡は微かに残るが、確かに目の前の小屋は現実だ。
夢と現実が淡く混ざる。
――夢と現実の境界
砂のゴーレムが崩れ、空が白く染まる。
明里は眩しさに目を細めた。
それでも――笑わずにはいられなかった。
「……レックス……」
ピエロの仮面が砕け、赤い糸が空に溶ける。
その破片の中で、ピエロがかすれた声を残す。
「……美しい……。芸術とは、破滅の先にあるもの――君たちのように……」
白い光が、すべてを包み込んだ。
――現実・静寂のあと
風が止み、闇も消えた。
小屋の中には、ただ静けさだけが残っていた。
床に鏡が転がっている。
その鏡面に、ひとつの映像が揺れていた。
――明里の微笑み。
シルフィアが息を呑む。
「……明里……?」
鏡の中で、彼女がゆっくりと目を開いた。
その唇が、確かに動く。
『まだ……終わってない。』
そして光が消える。
レックスは鏡を握りしめ、低くつぶやいた。
鏡越しの微笑みが、胸の奥を焼くようだった。
「……待ってろ、必ず……連れ戻す。」
夜が明ける…遠く、砂のような光が風に散った。




