46話 裂けた唇のピエロ
ギィィ……と扉が開いた瞬間、闇の奥から音がした。
カラン――と、金属の靴音。
それはゆっくり、勝利を確信し、こちらへと近づいてくる。
「おまえたちの運命はわたしの手中にある。あとはおまえたちだけだ。」
割れた光の中から、ひとりの影が現れた。
空気が、ぐにゃりと歪む。
白い仮面。裂けたような赤い唇。舌は2つに割れチロチロと出ている。
ムチを手に、ピエロがにじり寄る。
「明里、煉、ポルックスの精神は頂いた。
夢は醒めず白昼夢状態。お前たちが二手に別れてくれたおかげで、やりやすかったよ。」
薄ら笑いとともに、ピエロが手を振り下ろした。
空気が裂ける。ムチが床を叩き、そこから赤い糸が溢れ出す。
それは蛇のように伸び、レックスとシルフィアの足を絡め取った。
「っ、くそ……幻術か!?」
レックスは叫んだ。――心臓が、嫌な速さで鳴っていた。
レックスが剣を抜くも、糸は霧のように形を変え、
次の瞬間にはピエロが――二人、三人、四人へと分かれていた。
「ようこそ、私の舞台へ」
十の声が重なる。
それぞれのピエロが、笑いながら同じ動きを繰り返した。
どれが本物か、もう見分けがつかない。
シルフィアが結界を張ろうと詠唱を始める。
しかし、その詠唱より早く、ムチの一閃が風を裂いた。
火花が散り、レックスが吹き飛ぶ。
「レックスっ!」
倒れ込んだ衝撃で、レックスの腰のポーチが床に転がる。
ガチャリ、と乾いた音を立てて――何かが、こぼれ落ちた。
それは、小さな手鏡。
月明かりを受けて、銀の縁が淡く光る。
ピエロの笑い声が止んだ。
「……それは?」
鏡面が、静かに揺れた。
分身たちの姿を映し出す――だが、その中でひとりだけ、映っていないピエロがいた。
レックスとシルフィアが息を呑む。
鏡が、わずかに光を強める。
まるで“女神の息吹”がそこに宿っているかのように。
ピエロの赤い唇が、ひくりと動いた。
「……女神の鏡、だと……?」
鏡面から、白い光が――ほとばしる。
──眩い閃光が、夜を切り裂いた。
音が、消えた。
世界が一瞬、息を止めたかのように。




