40話 クリスタルの鼓動
ピエロは、ゆっくりと指を鳴らした。
月の裏側から、無数の光の糸が垂れ下がる。
それはまるで、天と地をつなぐ脈管のようだった。
「さあ、始まりを見せてあげよう。
世界が最初に“命”を作ったときの話をね――」
視界が反転した。
赤い月が砕け、破片が星となって降り注ぐ。
気がつくと、わたしは見知らぬ大地に立っていた。
地面は黒曜石のように光り、空には銀色の雲が漂っている。
その中心に、ひとりの老人がいた。
長いローブ。灰色の髭。背中には、巨大な魔導書。
彼の前には、まだ形を持たない透明な結晶――。
「……あれが、“クリスタルビースト”?」
わたしが呟くと、ピエロはにたりと笑った。
「正確には“クリスタルの種”だよ。
でもね、この世界では“命を与えた者”が神と呼ばれる。
さあ、見ていなよ。」
大魔道士は、静かに杖を掲げた。
周囲の空気が低く唸る。魔法陣が、星々の光を吸い込むように輝いた。
老人の唇が動く。古代語の詠唱。
――それは、世界そのものを呼び覚ますような響きだった。
『光よ、形を持て。形よ、意志を得よ。
我が名のもとに、永久の循環を刻め――』
次の瞬間、結晶の中に光が宿った。
赤、青、黄――三つの光が脈打つ。
それは心臓の鼓動に似ていた。
わたしは息を呑む。見覚えのある光。あの、森で見たクリスタルビーストの核と同じだった。
(……これが、あの子の“誕生”……?)
しかし、その輝きは徐々に狂い始める。
青が赤に侵食され、黄が黒く濁る。
魔道士の表情が歪んだ。
「……なぜだ……意志が……制御できん……!」
ピエロが笑う。
「神は、創った命に見捨てられるものさ。
――だって、命とは“自由”の別名だからねぇ?」
世界がひび割れる音がした。
大地が崩れ、結晶が爆ぜ、光が暴走する。
その閃光の中で、ピエロがこちらを振り向いた。
月光のように白い仮面の下で、声が囁く。
「ねえ、明里。
君は――この“夢”の続きを、見る勇気がある?」
わたしは答えようとした。けれど、声が出ない。
代わりに、赤い光が視界を満たし、世界が再び反転した。




