第4話 ポケットの中の希望
なんとかクリスタルビーストの追撃から逃げ出すことに成功したが、明里は安全な場所にたどり着いた途端、その場にへたり込み、足がガクガクと震えているのを感じた。全身から力が抜け、冷や汗が止まらない。あんな、物理攻撃も魔法も全く通用しない物質…見たこともない。地球の科学知識でも、この世界の魔法の常識でも、理解できない存在だった。
隣を見ると、煉もまた、茫然とした顔で立ち尽くしていた。彼の自慢の炎魔法、「ファイアブラスト」があっけなく無効化されたことが、彼にとってどれほどの衝撃だったか、その表情が物語っていた。
「……うそ、だろ……? 俺の魔法が……全く効かなかった……」
煉が絞り出すように呟く。当たり前だ。曲がりなりにもゴーレムにはダメージを与えられたわたしたちの攻撃が、あのクリスタルには傷一つ付いていない。まるで、最初からそこに存在しないかのように、全ての攻撃を受け流してしまった。
(あんな化物と、本当にまた対峙しないと駄目なの……?)
恐怖が、胃の腑を掴むように締め付けてくる。逃げ出したとはいえ、いつまたあの怪物が襲撃してくるか分からない。わたしたちは、周囲を警戒しながら、一時的な安全を確保できる場所を探した。
少し落ち着きを取り戻した明里は、先ほどのクリスタルビーストの姿を頭の中で反芻していた。あの、双三角錐の形状。内部で妖しく光っていた核。そして、あの核の色が赤、青、黄と変色した直後に、認識できないほどのコンマ何秒という速さでレーザー攻撃が放たれたこと。
(あの色の変化が、攻撃のトリガー……? それとも、エネルギーチャージのサイン……?)
もし、あの核がクリスタルビーストの動力源や弱点だとすれば……
「あの核……結晶みたいだけど、どうやったら壊せるんだろう……? 物理攻撃も魔法も効かないなんて……」
声に出して呟く。これまでの常識が全く通用しない相手に、どう立ち向かえばいいのか、皆目検討がつかない。
(何か、何か方法があるはず……あのクリスタルの特性を逆手に取るような……)
わたしは、必死に頭の中の知識を引っ張り出した。結晶……破壊……何か、地球の科学で応用できることはないか……?
(少し考えて)
その時、一つの閃きが、暗闇に差し込む光のように、わたしの思考を巡らせた。
「そうだ……! 結晶といえば……地球で見た、あの実験だ!」
それは、物理の授業か、あるいは科学系のテレビ番組で見た光景だった。
「高周波でグラスが割れる実験! あれって、物質には固有の振動数――共振周波数があって、そこにピンポイントで同じ周波数の振動を与え続けると、共振して、その振動に耐えきれなくなって壊れるんだっけ……?」
興奮で、声が少し上ずる。
「もし、あのクリスタルの核にも固有の振動数があるなら……そこに、ピンポイントで高周波を当てることができれば……!?」
理論上は、可能かもしれない。物理的な力や魔法のエネルギーで外側から破壊するのではなく、内部から、振動によって崩壊させる。
しかし、すぐに新たな問題に直面する。
(でも、高周波なんて、どうやって手に入れればいいんだろ……? この世界に、そんな科学技術はないし……)
地球のような精密な音響機器や発振器は、この世界には存在しないだろう。魔法で高周波を生み出すなんて、聞いたこともない。
それに……
(あの核を壊しても、クリスタルビースト自体が停止しなくて、そのまま攻撃してきたりしたら……? 核だけを壊すって、本当に完全に無力化できるの? もし中途半端だったら、かえって危険かもしれない……)
完全な破壊でなければ、あの脅威を止めることはできない。不確実性が多すぎる。
絶望的な状況は変わらない。しかし、明里の頭の中では、攻略への糸口と、それを実現するための方法が、少しずつ形になり始めていた。
(高周波……高周波……何か、この世界にあるもので、特定の周波数の音や振動を出せるもの……)
必死に記憶を探る。王都に来る前に立ち寄った、あのチェーン店の道具屋で見たもの……
(もしかしたら……アレが使えるかも……)
わたしは、ポケットに仕舞い込んだ、あの道具の感触を確かめるように、ぎゅっと握りしめた。




