37話 磁界の牢獄
「お代はまだ、もらってないよォ……救世主サマァ……?」
その瞬間、砂鉄の巨体が、金属の悲鳴をあげながら動き出した。
ぎゃららららッ!
針のように尖った砂鉄の腕が、地面を叩き割るような速度で振り下ろされる。
煉が叫んだ。「危ない、明里!」
彼は咄嗟にわたしの体を突き飛ばし、砂の飛沫から守ってくれた。その間に、ポルックスが動く。
「させるか!」
彼の手から、再び雷光が走った。今度は連続する高圧電流。ゴーレムの全身を覆うように、青白い電撃が襲いかかる。
けれど、異形のゴーレムはひるまない。いや、ひるむことができない。
「フフフ……ポルックス君。同じ手は効かないよォ」ピエロが楽しげに声を上げる。
「私の傑作は、キミの電撃で磁化した。全身が磁石になった身体に、いくら電気を流しても、すぐに電流を制御してしまうのさァ!」
ゴーレムの黒い体表に走った電撃は、一瞬で熱となり、赤い磁力線となってその体全体を走った。
「ギィン!」
という金属質の甲高い音が響き、電撃は消滅する。
「なっ……」ポルックスの顔が、驚愕に歪んだ。
「磁場を制御して、電気エネルギーを熱と磁力に変換したのか……!」
その隙に、ゴーレムの逆関節の脚が地を蹴った。獣のような跳躍力。その巨体が、ポルックスめがけて一直線に迫る。
「逃げろ、ポルックス!」
煉の叫びが届くよりも早く、ゴーレムは宙で体を捻った。長く異様に伸びた左腕が、まるで巨大な鞭のようにしなる。
ズシャァァア!
砂鉄の束が、地面を深くえぐり、ポルックスを庇うように飛び出した煉の左肩を、横から叩きつけた。
「ぐっ!」
煉の体が、木の葉のように吹き飛んだ。土煙の向こうで、彼はうめき声を上げ、左腕を押さえている。
わたしは、自分の無力さに奥歯を噛みしめた。体はまだ砂に半分埋まったまま。
「ウォーター・ボール!」わたしは立ち上がり、残された魔力の全てを込めて、再び水の円盤を放った。
しかし、ゴーレムは避けない。
パァン!
水の円盤は、ゴーレムの腹部を叩いたが、それはまるで液体が網戸に当たるように、バラバラになった砂鉄の隙間をすり抜けて、地面に染み込んでいくだけだった。
「無駄だよォ、明里ちゃん」ピエロが心底楽しそうに言う。
「いまのこの体は、磁力で形を保ってるんだ。隙間だらけ。物理的な攻撃なんて、ほとんど効かないんだよォ!」
ゴーレムは笑う口をさらに歪ませ、わたしに向かって針の腕を突き出した。
「おしまいだァ……!」
その瞬間、ポルックスが立ち上がった。全身が震え、その両の瞳が金色の光を放つ。焦げた髪から、微かに火花が散っている。
「……確かに、お前は雷撃を制御した」ポルックスが低く唸る。「だがな、俺の魔力は、ただの電気じゃない」
彼は、両手を砂鉄の巨体に向けて突き出した。
「大地に帰れ。――アース・ブレイク!」
地面が、うねった。
ゴーレムの足元から、マグマのように赤く熱した大地の磁力が、巨大な地磁気の壁となって噴き出した。それは、ゴーレムを閉じ込める檻のように、ぐるりと円を描いた。
ゴオオオオオォォォ……!
「な……!?」ピエロの声が、初めて動揺に震えた。
「地磁気だと……!そんな馬鹿な!」
大地から逆巻く磁気の力が、ゴーレムの体を、文字通り引き裂き始めた。ゴーレムの体が構成している砂鉄の粒子一つ一つが、ポルックスが作り出した強力な磁界によって、バラバラの方向に引き寄せられていく。
ギチギチ……ギリリリリィィ……!
「構造をバラバラにしても、磁場がある限り、再び集まる……!」ポルックスは、血を吐くような声で叫んだ。
「だったら、磁場そのものを打ち消す!」
赤く燃える地磁気の壁の中で、ゴーレムの異形の体が、原型を保てなくなり始めた。針状の腕が崩れ、獣のような脚が溶けていく。
ピエロは、狂ったように叫び続けた。
「やめろォ!やめろォ!私の芸術を壊すなァァアッ!」
ゴーレムは、最後の力を振り絞り、笑う口の奥から、高周波の金属音を放った。
キィィィィィィィィィンッ!
その音は、鼓膜を突き破り、脳を揺らす。わたしは思わず両手で耳を塞いだ。
ゴーレムが放った磁気エネルギーの波紋が、ポルックスの作った地磁気の檻と衝突する。
パァァァンッ――
世界が再び白く光り、全ての音が消えた。




