32話 駒は動き出す
シルフィアは窓の外をじっと見つめていた。
俺の毒の影響で、しばらくは安静が必要な身だというのに、その横顔には落ち着きがなかった。
俺はゆっくり部屋に入り、彼女のそばの椅子に腰を下ろす。
そして言葉を選びながら切り出す。
「占いの件は聞いたよ。俺たちを試すために、わざと障壁になったのか?」
シルフィアはかすかに視線を落とし、やがて唇を開いた。
「占いもあるけど……精霊たちが騒ぎ立てているの。何か厄災が近づいているのかもしれない。いても立ってもいられなくなって、だから……あなたたちの力を、確かめておきたかったの」
彼女の声には焦りと迷いが混じっていた。
俺は返す言葉を探したが、精霊のざわめきを聞き取れる彼女の眼差しを前にすると、軽々しく否定はできなかった。
――そのころ。
薄暗い部屋に、重厚な椅子が一脚だけ置かれていた。
そこに座る影が、夕陽を背に沈黙している。
光は床を照らしていたが、足元から先は闇に沈み、顔の輪郭すら見えない。
鉄の扉が軋みを立てて開き、部下が駆け込んだ。
「報告いたします――救世主候補のもとに、次々と属性の者たちが集まりつつあります」
影はわずかに首を動かした。
目だけが光と闇の境目で淡く輝き、部下を射抜く。
「……そうか」
低く響く声。抑揚はなく、人の温度を欠いていた。
部下が次の言葉を探す間に、影は耳に手を当てる。
わずかに顔が歪んだように見えたが――すぐ無表情に戻る。
「次の手を打て」
短い命令とともに、部下は深々と頭を下げ、足早に去った。
再び静寂が訪れる。
机の上には途中のままのチェス盤が置かれている。
影はゆっくりと駒へ手を伸ばし、相手側の駒を弾き飛ばした。
カラン――乾いた音が部屋に響く。
「……いくら救世主候補といえど、私の駒の前ではひとたまりもない」
そう言って駒を一つ、前へ進める。
その瞬間、部屋の奥の闇がかすかに揺らぎ、嗤うような声がかすかに響いた。




