30話 借りと試練
霧はまだ晴れない。
家の中はしんと静まり返り、外の冷気がじわじわと染み込んでくる。
わたしは火の落ちたストーブの前で、湯気の立つカップを両手で包んでいた。
「……みんな、落ち着いた?」
ポルックスは鼻を押さえながら、まだふらつく足取りで椅子に腰を下ろす。
「……少し、楽になった……」
煉は腕を組んで壁にもたれかかっているが、額には汗が滲んでいる。
「外は、まだ霧が濃いな……」
ギィ、と玄関のドアが開く音がした。
全員が一斉に振り向く。
そこに立っていたのはレックスだ。
泥にまみれた足、肩で荒く息をしている。
うしろでおぶられているのはシルフィアだろうか。顔は青白く、戦いのダメージが見て取れる。
レックスは少し緊張した表情で、短く告げた。
「悪いが、ベッドを貸してくれ」
奥のわたしの部屋のベッドを使ってもらえるようにした。
煉は少し不服そうな顔で、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「……なんで助けたんだろ?」
レックスは彼女が落ち着いたのだろうか?奥の部屋から出てきた。
レックスは奥の部屋から出てきた。
少し泥を落とし、呼吸も整えているが、その表情はまだ硬い。
「……応急処置はした。出血は止まったはずだ」
ポルックスが心配そうに問いかける。
「シルフィアは……大丈夫なの?」
「今は眠ってる。しばらくは動けないだろう」
レックスの声は冷静だったが、どこか張りつめていた。
煉は腕を組んだまま、じろりとレックスをにらむ。
「それで? なんで助けた? あいつ、敵だろ」
しばらく沈黙が落ちる。
レックスは視線を外し、窓の外の霧を見つめながら答えた。
「……殺す理由がなかった。それに、あいつはただの敵じゃない」
「どういう意味?」
わたしは思わず身を乗り出す。
レックスは腰のポーチから、鱗のかけらを取り出して見せた。
「これは俺の鱗だ。毒を塗ってあった。……あれ以上戦えば、確実に死んでた」
ポルックスが目を見開く。
「じゃあ、助けたのは……」
「借りを作らせるためだ。あいつは俺たちを試してた。なら、次はこっちの番だ」
レックスはそう言い切ると、もう一度部屋のほうを振り返った。
「……あいつが目を覚ましたら、聞きたいことがある。」
その目は、次の対話に備えて静かに燃えていた。




