第3話過冷却の閃き、迫る結晶獣
ゴーレムとの激戦から数日。私たちは次の目的地を目指して旅を続けていた。煉が言うには、この地方から他の部族の領地へ入るためには、王様の通行許可が必要らしい。そのため、わたしたちは王様のいる王都へ向かうことになった。王様に謁見し、許可証を取りに行かなければならない。
王都までの数日間、わたしは道中の隙をみては魔法の練習をしていた。ゴーレム戦で水のコントロールが不十分だったことを痛感し、水魔法の精度を上げることに集中した。相変わらず煉は、わたしの細かい魔力操作の練習を見ては、「おしっこみたいにブワッと出せばいいんだよ」と、独特の表現でアドバイス(?)を繰り返していた。彼の豪快な魔法の出し方とは違い、わたしはもっと繊細に、水の量や形、温度などをコントロールできるようになりたかった。
煉のおかげかどうかは定か(さだ)ではないけれど、地道な練習のおかげで、水温の調整や水の量のコントロールが少しずつ出来るようになってきた。特に、水を冷やす練習をしている時、ふと、ある現象に気づいた。
「あれ……? マイナス10度まで冷やしたのに、凍らない……?」
普通、水は0度で凍るはずだ。しかし、目の前の水たまりに魔力を集中させ、慎重に、静かに温度を下げていくと、氷点下になっても液体のまま存在している部分がある。
ふと、そんな実験を試した時の記憶が蘇った。ペットボトルを冷蔵庫の奥に入れすぎてしまい、取り出した瞬間にカシャッと音を立てて一瞬で凍りついた、あの不思議な現象だ。
そうか、目の前のこの水も、あの時の「過冷却」と同じ状態なのでは?
非常に不安定な状態だけど、少しの衝撃やきっかけで一瞬で凍りつく、あの不思議な状態だ。
「マイナス何度でも液体でいられるなんて……面白いな。それに、この過冷却状態の水って、何かに使えないかな……?
過冷却の水を霧状にしたとき、光が乱反射して周囲が白くなる」
氷点下なのに液体のまま揺らめいている水を見つめながら、この新しい発見が、今後何かの役に立つかもしれない、とわたしはぼんやりと考えていた。
数日後、私たちは王都に到着し、王様に謁見し無事に通行許可証を手に入れた。王都は活気に溢れ、多くの人々が行き交っている。王宮を出て、次の目的地へ向かおうとした時、わたしたちは見慣れた看板の店を見つけた。それは、最初に着いた村で立ち寄った、あの何でも屋によく似ていた。店の主人も、なぜかあの村の主人に瓜二つだ。
「いらっしゃい! うちのものはすべてお得品だよ! 他の町にはない、珍しいものばかりだ!」
威勢の良い声もそっくりだ。
明里「――あれ? ここって、はじめの村の店と品揃えとか主人、似てない?」
思わず煉に尋ねる。商品の陳列や、並んでいるアイテムまで似ている気がする。
煉は、少し目を泳がせながら言った。
煉「あ、あー……チェーン店だからな。うちの国じゃ、結構どこにでもあるんだよ、こういう店」
(チェーン店!? この世界にそんなものがあるの!?)
聞けば外の世界の人間が、異世界で何でも屋のチェーン店展開をしているらしい。
驚いたが、煉が言うならそうなのだろう。やはり品揃えも似ている。薬草や毒消しといった冒険に役立ちそうなものもあるが、犬笛やガラクタのようなものも多い。とりあえず、薬草と毒消しとアイテム数点を補充しておく。
王宮を後にし、王都の門をくぐって外に出ると、前の方から何か大きな荷台に隠すように布を被せた荷馬車が、こちらに向かって来るのが見えた。周囲には、厳重な武装をした兵士たちが付き添っている。
兵士「危ないから、どけて。道を空けろ!」
兵士の一人が、私たちに声をかけてきた。何か重要なものを運んでいるのだろうか。
明里「あれ、なんだろうね?」
煉「さあなぁ。あんなに厳重にしてるってことは、金銀財宝でも積んでるんじゃないの? 俺たちには関係ねえか」
わたしたちは荷馬車の横を通り過ぎようとした、その時だった。
グォォォォ……!!
荷台の中から、低く唸るような音が響き渡った。そして、荷台を固定していた太いロープが、まるで内部から引きちぎられたかのように、勢いよく弾け飛んだ。
バァンッ!
布が剥がれ落ち、その正体が露わになる。それは、双三角錐状の巨大なクリスタルだった。宙に浮かび上がり、クルクルクルと三回転し、妖しく光っている。クリスタルの中央には、核のようなものが確認できた。その美しさと異質さに、わたしは一瞬見惚れてしまった。すべてが均一で完全だからこそ、逆に不気味さを感じる。
クリスタルの核の色が、赤、青、黄と不規則に点滅し始めたかと思ったら、次の瞬間、その光が消えた。そして、コンマ何秒という認識できないほどの速さで、クリスタルの先端から「ヒュンッ!」と空気を切り裂くような音と共に、細いレーザーが放たれた。それは地面を抉り、通過した岩肌をガラスのように融解させた。
「あれが……クリスタルビースト……!」
煉の声が、恐怖に震えているのが分かった。その巨体は、まるで動く要塞のようだ。陽光を浴びてキラキラと輝くが、その美しさは一切の慈悲を感じさせない。
クリスタルビーストの胸部にある巨大な核が、不気味な光を放ち始めた。わたしの頭脳が警鐘を鳴らす。
(あれは……エネルギーを収束している……!)
次の瞬間、核から放たれたのは、光の筋のようなレーザー。
「ヒュンッ」
「ヒュンッ」
「ヒュンッ」
レーザーは、荷馬車の前にいた師団の兵士たち目掛けて撃ち込まれた。兵士たちは、断末魔の声すら上げられず、瞬時に炭と化し、地面に崩れ落ちていく。その光景を目の当たりにし、わたしたちは直感的に危険を察知した。
明里「煉! 危ない!」
煉「うわっ! なんだあれ!?」
私たちは、慌てて近くの物陰に身を隠した。
数秒後、静寂が戻る。顔を上げて見ると、荷馬車の周囲にいた兵士たちは、全員倒れていた。無事なのは、わたしたちだけだ。
クリスタルビースト……!
これが、未開の地から発掘されたという、あの怪物……!
クリスタルビーストは、ゆっくりと宙に浮かんだまま、私たちの方を向いた。獲物を見つけたかのように、その妖しい光を放つ核が、再び赤、青、黄と点滅し始める。
わたしは、咄嗟に手に持っていた剣を構え、クリスタルビーストに斬りかかった。アンデッドには有効だった剣なら……!
しかし、剣がクリスタルに触れた瞬間、キンッ!という硬質な音と共に、剣が弾かれた。まるで、岩に刃を立てたかのように、全く歯が立たない。剣を持った手が、痺れるほど痛い。
(効かない!? 剣でも駄目なの!? こんな化け物、どうやって……? 私の、この世界の科学じゃ、何もできない……!?)
煉も、状況を見て魔法を放った。
煉「ならこれならどうだ! ファイアブラスト!」
煉の手から放たれた炎の塊が、クリスタルビーストを包み込む。ボオオオッ!と炎が燃え盛る。倒したか、と思った瞬間、炎が消えた。
しかし、クリスタルビーストは、炎に包まれる前と全く変わらない姿で、そこに浮かんでいた。その甲殻は、熱を吸収するように鈍く光るだけで、焦げ跡一つ付いていない。
(嘘でしょ……!? 炎の魔法も効かないなんて……!)
物理攻撃も、強力な炎魔法も通用しない。その事実に、わたしは戦慄を覚えた。あんな化物、どうやって倒せばいいんだ……?
クリスタルビーストの核が、再び赤、青、黄と点滅し始めた。レーザーが来る!
(逃げなきゃ!)
頭の中で「コマンドで逃げる」を選んだ。全力でその場から走り出す。しかし、クリスタルビーストは驚異的なスピードで私たちに追いつき、回り込まれた。
シュンッ!
レーザーが放たれる。咄嗟に体を捻り、寸前で避ける。地面にレーザーが着弾し、爆発する。
(怖い……! 何これ、速すぎる! このままじゃ、死ぬ……!?
でも、煉を置いていけない……!)
恐怖で足がすくみそうになるが、ここで立ち止まるわけにはいかない。再び頭の中で「コマンドで逃げる」を選び、別の方向へ走り出す。しかし、またしてもクリスタルビーストは私たちを追い詰め、回り込んできた。
もう逃げ場がない……!
次のレーザーが来る。避けるのは無理だ。
(どうすれば……!?)
絶体絶命の状況で、わたしの頭の中で、一つのアイデアが閃いた。それは、魔法の練習中に気づいた、水の性質に関するものだった。
(これだ……! 一時的にでも、視界を奪えれば……!)
瞬間、わたしは手に魔力を集中させ、持てる限りの水を、クリスタルビーストの顔面目掛けて霧状にして放出した。
シュワァァァ……
細かい水の粒が、クリスタルビーストの周囲に広がり、光を乱反射させる。
「明里! 今だ!」
煉が明里の手を掴み、「走るぞ!」と叫んだ。その一瞬の目眩ましを利用して、私たちは再び全力で走り出し、その場から逃げ出した。
クリスタルビーストの追撃を、なんとか振り切るために。




