28話 風を視る者、風に抗う者
今日は朝から天気が悪い。昨日、煉から聞いた風の魔法使いの話が頭から離れない。
窓際にいて外の様子を伺う俺はレックス。煉の怪我はたいしたことなかったが……。
いつも皆が見える位置に座る、この椅子が俺の定位置だ。だが今日は、なぜだか嫌な気分だ。
皮膚がチリチリとする。鼻先に鉄の匂いが引っかかる。
明里はヤカンを見ながら首をかしげる。
「今日は、なんだか沸騰するのが早いのよね」
ポルックスは額を押さえ、少し青ざめた顔で座り込んだ。
「……頭が重い……」
嫌な予感が確信に変わる。これは天気のせいじゃない。空気が……おかしい。
窓の外に目を凝らす。人影らしきものが動く。
「なにか来るぞ。」振り向いた。
明里、煉、ポルックスが倒れてる。ポルックスは鼻血を出している。これは、高山病の症状に似ている。
雨がポロポロ降ってきた少し肌寒く感じてきた。冷気が足の方から伝わる。風の魔法使いがこの冷気を操ってるなら俺の活動時間は短い。短期決戦で行くしかないか。
明里たちを一瞥してドアから勢いよく出て行った。
一歩、家から出た瞬間、視界が白くかすんだ。
霧だ――いつも深い緑に囲まれた道も、今は白一色に塗りつぶされている。
レックスは低く息を吐き、全身の筋肉に力を込める。
(考えてる暇はない、早く見つける)
家から下る道を一気に駆け降りる。
ぬかるんだ地面が跳ね返す泥水も気にせず、四つ足の獣のように走る。
霧の奥から、低くうねる音が響いた。
――次の瞬間。
ドゴォォォンッ!!
足元の地面が弾け飛び、岩が四方八方に砕け散った。
レックスは咄嗟に腕で顔をかばい、岩片が頬を掠めた感触を覚える。
舞い上がった岩塵の向こう、ゆらりと人影が浮かび上がる。
霧を切り裂いて現れたのは、長いマントを翻す女――シルフィアだった。
彼女は不敵な笑みを浮かべ、指先をゆらりと動かす。
霧が渦を巻き、さらに濃くなる。
シルフィアは楽しそうに笑い、レックスに問いかけた。
「あら、逃げないの? いい子ね。でも、さっきの男の子みたいに、楽しく遊んでくれないと困るわ」
レックスは答えず、じっと彼女を見据える。その鋭い視線に、シルフィアは少しだけ眉をひそめた。
「ふうん……。つまらない子ね。でも、いいわ。さっきの男の子の続きを見せてあげる」
シルフィアが指を鳴らすと、霧の中に無数の風の刃が生まれた。カチャカチャと金属のような音を立てて、レックスに向かって一斉に飛来する。
レックスは一瞬、地面を蹴って横に跳ぶ。風の刃は彼のいた場所を通過し、背後の木々を切り裂いた。
「(風の刃……! 見えない武器か)」
レックスは再び走り出した。今度は彼女の周りを大きく旋回し、背後を取ろうと試みる。
しかし、シルフィアはまるで彼の動きを読んでいたかのように、嘲笑を浮かべたまま指先を動かす。レックスが走るコースの前に、再び風の刃が形成され、進路を塞ぐ。
「無駄よ。私の視界は、風が教えてくれる。この霧も、私の目なのよ」
霧がさらに濃くなり、レックスは呼吸が苦しくなってくる。高山病の症状が、少しずつ彼の体を蝕み始めていた。
「(くそっ……!)」
このままでは埒が明かない。レックスはポケットから何かを取り出し、握りしめた。




