27話 炎は風に踊る
炎は風を引き込み、轟音を立てて燃え上がった。
煉が今まで一度も見たことのない、深紅の炎――いや、もはや炎というより、天へ伸びる巨大な紅蓮の柱。
その熱気が肌を焼き、肺を焦がす。呼吸すら奪われる。 焼け焦げた匂いが鼻腔に充満する。
「……地獄、か」
煉は思わず呟いた。
炎は意思を持つ生き物のように渦を巻き、まるで煉ただ一人を狙っているかのように、迫ってくる。
「風で炎をコントロール出来るのよ」
彼女は静かに呟く。
今までは炎で敵を倒していたのに、まさか自分の炎で攻撃されるなんて。
煉は反射的に炎を抑え込もうとした。だが、彼女の風がそれを煽り、炎はより激しく、より高く燃え上がる。
まるで自分の魔力が暴走しているかのようだ。
心臓が早鐘のように鳴り、頭の奥がチリチリと焼ける。
「っ……おれの炎が……!」
足元の地面が黒く焦げ、熱でひび割れていく。
炎は竜巻のように形を変え、煉の動きに合わせて追いすがる。
「避けるだけじゃ、つまらないでしょ?」
彼女は楽しげに言い、指先をひと振りする。
次の瞬間、炎の渦が牙を剥き、まるで生き物のように襲いかかってきた。
炎が迫る。
肌が焼ける。肺が熱い。もう息が続かない――そのとき、頭の奥に懐かしい声が響いた。
『このロウソクの炎は、息を吹きかけずに、何もせずに消せると思う?』
明里の声だ。あの日、ポルックスと一緒に聞いた授業。
ポルックスは本気で悩んでいた。
僕はイライラして叫んだ。
『そんなの無理だ!』
でも、明里はニコニコ笑いながらグラスを被せ、ロウソクの火を見事に消して見せた。
『炎は空気がなきゃ生きられないのよ』
その言葉が、今、胸の奥で爆ぜた。
煉は奥歯を噛みしめた。
「やるしか……ない!」
炎を操る自分自身すら焼き尽くしかねないほどの魔力を、一気に解き放つ。
赤黒い火花が散り、周囲の炎と混ざり合い、さらに巨大な爆炎となった。
ゴウッ、と一瞬だけ世界が白く燃え上がり――
次の瞬間、音が消えた。
肺が潰れるように苦しい。耳鳴りが響く。
空気が、ない。
渦を巻いていた炎も、狂ったように吹き荒れていた風も、まるで何事もなかったかのように消えていた。
「はぁ、やっと消えたか」 煉が腰砕けになって声を絞りだした。
「あなた面白いわね。――わたしはシルフィア」
彼女は名乗ると同時に、指先で軽く弧を描いた。
その仕草に合わせるように、残っていた砂がふわりと舞い上がる。
次の瞬間、風が一陣、煉の頬を撫でて通り過ぎた。
気づけば、彼女の姿はもうどこにもなかった。
残されたのは、まだ焦げ臭さの残る地面と、
全身を焼くような疲労感だけだった。
「……くそ、あいつ……」
煉は拳を握りしめ、震える膝で何とか立ち上がった。
胸の奥で、シルフィアという名が何度も何度も反響する。




