24話 透明な死
首に絡みつくスライムを必死に引き剥がそうとした。
指先に伝わる、ぬるりとした感触。
力を込めるたび、首に自分の爪が食い込み、じわりと血が滲む。
痛い――でも、そんなことを気にしている暇はない。
今ここで外さなければ、息が――。
ぼくは、反射的にカミナリのちからを叩きつけた。
青白い閃光がスライムに走る――が、次の瞬間、バチリと音を立てて光が弾けた。
手に伝わる感触は変わらない。
むしろ、スライムはびくりともせず、首に巻きつく力をさらに強めてきた。鼓動の音が自分でも判るくらい激しく高鳴ってる。
その瞬間、明里との会話が脳裏に蘇った。
「いい? ポルックス。魔法で作った水は電気を通さないのよ。この世界ではね。例えば、この世界のスライムや、ゴムとか。電気を流そうとしても、全部弾いてしまうの。」
今更ながらこの言葉を思い出すことに後悔した。なんとかしなくては。爪を立てて引き剥がそうとするが剥がれそうには思えない。
目の端でスライムを見てるが透明な身体に異質な色が滲んできた。(な、なんだ?これは・・・)
赤いなにかがスライムの透明な身体を染めていく。
血?
・・・血だ。 スライム?違う、ぼく自身の血だ。
どんどん締め付ける。腕が、ちからなくダランとする。
冷や汗が出て来て、血が回らないのか顔がひんやり冷たい。
指先の感覚が遠のき、爪が食い込んでいるはずの痛みさえ感じなくなる。
視界がじわじわと狭まっていく。黒い斑点がちらつき、頭の奥で鐘が鳴るような音が響いた。
その瞬間、ぼくは森の中に響き渡るほどの笑い声を上げた。
「……あ、は……はははは……っ」
途切れ途切れの声が、喉の奥から勝手に漏れた。
それが笑いなのか、悲鳴なのか、自分でも分からなかった。
それは諦めの笑いか、それとも狂気か。
誰かが見ていたら、間違いなく恐怖しただろう。
自分でも、何を笑っているのか分からなかった。
ただ、何かが壊れたような気がした。
冷や汗が背中を伝う。
目の端で、スライムの透明だった体が、じわじわと赤に侵されていく。まるでぼくの命が、ゆっくり奪われているようだった。
(……血?)
明里の声が頭の奥で響いた。
「塩が溶けることで、水の中に電気を通す電解質ができたの。まるで電線ね。」
ぼくは、震える唇で笑った。
「……そうか……これなら、やれる!」
体中の残りの力をかき集め、右腕に雷を集中させる。
青白い閃光が、ぼくの腕からスライムの中へと一気に駆け抜けた。
稲妻が爆ぜた瞬間、空気が焼ける匂いが鼻をついた。
耳をつんざく轟音。
スライムの中で雷光が暴れ回り、白く泡立つ。
その表面が弾け、飛び散る液体が頬に当たり、じりっと熱い。
ジュッ、と嫌な音がして、スライムの身体が痙攣する。
透明な身体が、稲妻の光に照らされて白く泡立った。
次の瞬間、首から絡みついていた感触がふっと消え、スライムは煙を上げながら地面に崩れ落ちた。
膝が抜けるように地面に座り込み、息を荒げる。
喉が焼けるように痛い。
でも、生きている。
焦げた匂いがまだ鼻につく。
地面に転がったスライムの残骸は、しばらくじゅうじゅうと音を立てていたが、やがて動かなくなった。
ぼくの視界はまだ揺れている。
(……死ぬかと思った……)
そう思った瞬間、頬を伝うものが汗か涙か、自分でも分からなかった。
息をするたび、喉がひりつく。
肺の奥まで冷たい空気を無理やり押し込む。
それだけで胸が痛い。でも、生きている。
自分の血とスライムの焦げた匂いが混ざり合い、吐き気がこみ上げた。
それでも、笑ってしまう。
(……これが、ぼくの雷……これが、命を奪う力……)
胸の奥に、安堵と同時に、言いようのない恐怖が広がっていった。
息を落ち着けてから、ゆっくり立ち上がる。
スライムの残骸を見下ろす。もう動かないと分かっていても、足で踏みつけずにはいられなかった。
ぐしゃりと音がして、胸の奥で何かが少しだけ軽くなった。
深く息を吐き、山道を下っていった。森の空気が冷たくて、やっと息ができる気がした。




