22話 雷は血を選ぶ
カストルとの死闘を終えたあと、ぼく、ポルックスは満身創痍だった。
傷ついた体を癒し、体力と体調を回復させるために、この町に何週間か滞在することになった。昼間には町を散歩できるくらいには回復したけど、失われた記憶はまだ戻ってこない。
今日、朝食を終えたら明里に「科学」というものを教えてもらう予定だ。
ぼくの目の前には、リザードマンのレックスがいる。一見、強面だけど、その目にはいつも優しさが宿っている。
「なぁ、早くご飯食べようぜ。腹減ったぜ」
そう言って焦れたように声を上げたのは、火属性の煉だ。彼の言葉に、朝食を作っている明里が振り返る。
「なによ、煉? 朝っぱらから煩いわね。いま朝食作ってるからがっつかないでよ」
彼女はエプロン姿でフライパンを揺らしながら、少し呆れたように言った。
この町での、穏やかで新しい一日が始まろうとしていた。
食事が終わってレックスは情報収集に煉はお金を稼ぎにギルドに行ってしまった。
明里「いい?ポルックス。魔法で作った水は電気を通さないのよ。この世界ではね。例えば、この世界のスライムや、ゴムとか。電気を流そうとしても、全部弾いてしまうの。」
明里の講義は、まず水を操る実演から始まった。
透明な水球が、彼女の掌の上で静かに浮かび上がる。光を受けてきらめくそれは、美しくも不思議な存在感を放っていた。
「水っていうのはね、流れるものだし、形を持たないもの。だけど圧力や流速、温度なんかで性質が変わるの。だから――」
明里の声は、どこか学校の先生のように落ち着いていて、わかりやすい。
ぼくは思わず引き込まれてしまう。
ただ、彼女の言葉の中で一つだけ、どうしても気になったことがある。
「……電気を通さない?」
ぼくは首をかしげた。これまで戦ってきた敵は、みんなぼくの雷で沈んでいった。電気が通らない水、電気を弾くスライムやゴムなんて――そんなものが本当に存在するのか?
明里は水球をそっと弾ませ、にやりと笑った。
「そう、不思議でしょう? でも、それがこの世界の“科学”なのよ」
明里は、ポルックスの疑問に気づき、微笑んで言った。
「不思議に思うのも無理はないわ。あなたの世界では、純粋な水でさえ電気を通すのでしょう? でも、ここでは違う。なぜなら、電解質がほとんど含まれていないからよ。」
彼女は水球を小さなコップに移し、白い粉をひとつまみ混ぜる。粉はすぐに溶け、再び透明になった。
「これが塩よ。あなたも食べたことがあるでしょう?」
頷いたぼくを見て、明里は魔法で銅線を2本取り出し、水に浸す。
「さっきまで電気を通さなかった水に、これを混ぜるとどうなるか、見てなさい。」
呪文を唱えた瞬間、銅線の先がぱっと光る。
「……あ、光った!」
思わず声が出る。
「そう。この塩が溶けることで、水の中に電気を通す電解質ができたの。電解質は、水の中でプラスとマイナスの電気を持ったイオンに分かれて、電気を運んでくれるの。あなたの雷が敵を倒せるのは、その敵の体に、この電解質がたくさん含まれているからよ。まるで電線ね。」
明里はにっこり笑ったが、ぼくは少しだけ息を飲んだ。
――もし、電気がまったく通らない相手が現れたら?
そんな想像をした瞬間、胸の奥にひやりとしたものが落ちた。
それでも明里の声は、どこか懐かしく、失われた記憶の断片を繋ぎ合わせるようだった。
「ね、面白いでしょう? これがこの世界の科学の、ほんの一部よ。」
ぼくは頷いた。面白い。けれど、どこか怖い。
明里は、ポルックスにさらに説明を続けた。ポルックスは、自分の雷の秘密の一端を知った気分だった。明里の話は、彼の記憶を呼び覚ますかのように、彼の心を揺さぶった。
「…そうか、電解質。つまり、僕の雷はただの力じゃなく、相手の体を『利用』して、内側から破壊していたのか…」
ポルックスは、自身の雷の正体を知ったことに驚きながらも、その奥底に潜む真実に戦慄した。明里の言葉は、彼の過去と未来を繋ぐ、一本の細い糸のように感じられた。
その時、彼の脳裏に、かつての死闘の記憶が鮮明に蘇る。それは、まるで断片的な夢のようだった。
閃光が走る。
轟音と共に、降り注ぐ雷光。
その中心で、ポルックスは、燃え盛るような眼差しで、向かい合う相手を見つめていた。
「カストル…!」
その名は、雷鳴に紛れて、しかし確かに彼の唇からこぼれた。
彼の雷は、ただ外側からダメージを与えるだけではなかった。
相手の全身に張り巡らされた血管や体液、それらに含まれる電解質を『電線」のように利用し、内側から熱と衝撃を発生させていた。
雷光が触れた瞬間に、相手の体が弾け飛び、血管が焼き切れる。
それは、敵に恐れられ、味方さえも遠ざける、圧倒的な破壊の光だった。
「…なぜ、そんな力を持っている…?」
カストルの苦しげな声が、耳の奥でこだました。
ポルックスは、何も答えられなかった。ただ、目の前の相手を倒すことだけを考えていた。
次の瞬間、彼の腕から放たれた稲妻が、カストルの心臓めがけて一直線に突き刺さる。
カストルは、最後の力を振り絞り、ポルックスに手を伸ばそうとした。
その指先が触れる前に、彼の体は、無数の光の粒となって、空へと昇っていった。
カストルは、何を言おうとしたのだろうか?
彼の目は、何を訴えかけていたのだろうか?
ポルックスの胸は、激しい動揺に襲われた。
明里の言葉は、その記憶の断片を、恐ろしいほど明確なものに変えてしまった。
自分の能力の真実を知ることが、こんなにも心を抉るものだとは知らなかった。
彼は、明里に心配をかけまいと、ぎゅっと唇を噛みしめた。
「…明里さん。僕の雷は、相手を、どういう風に…」
言葉が震える。
明里は、ポルックスのただならぬ様子に気づき、そっと彼の肩に手を置いた。
明里は、ポルックスの肩にそっと触れた。
「大丈夫。あなたは、あなたの力を恐れなくていいの。」
その言葉は優しいのに、ぼくの胸には重く沈んだ。
――本当に、恐れなくていいのか?
カストルの目、最後に伸ばした手、焼けただれる血管、光に砕けた体。
あの光景が、もう一度脳裏をかすめる。
「……ぼくは、いったい何者なんだろう」
言葉にならないつぶやきが喉の奥で消えた。
明里は何も言わず、ただ少し強く肩を握った。
その感触がかえって痛いほどに、ぼくの中の何かを揺さぶった。




