第2話 科学と魔法の交差点
森の中に落下した明里は、地面に背中を打ちつけながらも、なんとか体勢を整えた。
湿った土の匂いと、葉のざわめきが耳に残る。
「……ここ、どこ?」
身体を動かしてみる。少し背中は痛むが、致命的な怪我はなさそうだ。手を確認する。
スマホはない。代わりに、手のひらにはあの“念動術の石”が握られていた。
「……やっぱり、夢じゃなかったか」
周囲を見渡すと、森の中にぽっかりと開けた空間があり、のどかな景色が広がっている。
そのとき、茂みの奥からガサガサと音が響いた。
地面がわずかに震え、小石が跳ねる。
ズシン……ズシン……と、地鳴りのような足音が近づいてくる。近づくたび、腹の奥が共鳴するような錯覚に襲われた。
木々の葉が細かく揺れ、鳥たちが一斉に飛び立つ。
草をかき分けて現れたのは、石と土塊でできた巨大なゴーレムだった。
まるで岩山が歩いているかのような巨体。動きは鈍重だが、圧倒的な質量感がある。一歩踏み出すたびに地面が沈み、周囲の草が押し潰された。
「剣もないし、魔法も使えないし……どうすれば……!」
焦る明里の前に、ひとりの少年が躍り出た。
青い髪に、静かな瞳。マントの裾が風に揺れている。
「下がってろ。俺がやる」
少年は手を前にかざす。周囲の空気が震え、水分が引き寄せられるように集まり始めた。
「アクア・スピア」
形成された水の槍がゴーレムへと放たれる。しかし、石の体に突き刺さることなく、弾かれて砕け散った。
「……やっぱり、物理耐性か」
明里「ちょっと待って、あなた誰!? 魔法使いなの?」
少年「煉。火属性の魔法使いだ。君は?」
明里「明里。理系女子高生。今は……たぶん、異世界の救世主候補」
煉は一瞬だけ眉を動かしたが、すぐに冷静な表情に戻る。
「なら、君も戦えるはずだ。何かできることは?」
明里は、手の中の念動術の石を見つめた。
(水はH₂O。分子の集合体。分解すれば、水素と酸素……)
(本来、分子結合なんて人の力で触れられるはずがない。でも――この石は、力を“直接そこ”に通してくれる)
「煉、ゴーレムの顔に水をかけて! できるだけ多く!」
煉「……理由は?」
明里「全部はいらない。ほんの一瞬、燃える分だけでいい」
煉は短く息を吐き、頷いた。
「面白い。やってみよう」
煉が水を操り、ゴーレムの顔面に集中的に水を浴びせる。
その隙に、明里は念動術を発動した。意識を、水の内部へと沈めていく。
(全部は無理。一方向、一瞬だけ……)
(ここ……この結合を切る……!)
水のごく一部が、弾けるように気体へと変化した。
空気中に広がる、水素と酸素。
ゴーレムが腕を振り上げ、地面に叩きつけようとする。
その拳が落ちる寸前――
「煉! 火を!」
「イグナイト」
放たれた炎が水素に触れた瞬間――
「バーーーーン!!!!」
爆発は外へ広がらず、ゴーレムの内部で炸裂した。
内部から破壊された巨体は、悲鳴のような軋み音を上げながら崩れ落ちる。砕けた石の破片が地面に突き刺さり、ズシン……ズシン……と鈍い音を立てて止まった。
巻き上がる土煙の中、二人はしばらく沈黙していた。
煉「……君のやったこと、魔法じゃないな。理屈で組み立てた力だ」
明里「うん。科学。分子の結合を操作して、燃焼反応を起こしただけ」
煉「水はただの液体じゃない。分子の振る舞いが、本質か……」
煉は空を見上げ、思索するように目を細めた。
「君の知識、俺の魔法に応用できるかもしれない。たとえば氷。分子の振動を極限まで抑えれば、構造強度は飛躍的に上がるはずだ」
明里「蒸気爆発もできるよ。水を一気に加熱すれば、体積が何百倍にもなる」
煉「……面白い。君となら、魔法の新しい体系が作れるかもしれない」
明里は思わず笑った。
「じゃあ、共同研究ってことで!」
「……悪くない」
――――――――――
神界事務室:女神のぼやき
女神「転送完了。念動術石による局所分子干渉、記録更新」
神官「また理系か。今度は部分水素爆発?」
女神「この子、発想が効率厨すぎるのよ。世界法則の想定処理が追いつかない」
神官「科学者タイプは、どの世界でも厄介ですね」
女神「異世界も、神界も……働くって大変」




