第13話 封印の湖と女神の像
「ねぇ明里ちゃん、知ってる?森の奥にね、女神さまの鏡があるんだって!」
小春が目を輝かせて話してくれた、不思議な話。
もしそれが本当なら、わたしがこの世界に呼ばれた理由の手がかりになるかもしれない。
そう思ったわたしは、煉を説得して森へとやって来た。
祠の場所をだいたい聞いてたけど、人々に忘れられた存在なのか道はなく生い茂った高い草を掻き分け教わった場所に向かって行った。
「ここらへんだと思うけどな。明里見つからないか?」
「うん、教わった場所だと思うけど。」
朝、早く来たけど、森の中は薄暗く、時間の流れがゆっくりになったように感じる。
近くにちかづくと壁の周りに見たことない模様があった。
これが祠なのだろうか?どことなく神聖な空気が穴から伝わるのはわたしの勘違いとは違うだろう。
意を決して煉を見つめお互い覚悟を決めた。
祠の奥に開いた、真っ暗な口へ一歩足を踏み出すたび、周囲の空気感がはっきりと変わっていくのを感じた。
ランタンの橙色の光も、その暗闇を完全に払拭することはできず、どこか心細さが募った。
しかし、しばらく進み、薄暗い通路が開けた場所に繋がった瞬間、空気が一変した。
ドーム状に広がった空間の中央に、かすかに光を放つ巨大な像が見える。あれが、きっと女神像だ。そして、その周囲の空気が…!
それまで感じていた陰鬱さや重苦しさが、まるで嘘のように吹き飛んだ。代わりに感じたのは、清らかで、どこか懐かしいような、暖かく包み込むような感覚。体の中から、力が湧いてくるような気分だ。広い空間の隅々までなんとも言えない柔らかい空気が充満する。ここが聖なる場所だと、肌で理解できた。
だが、その光景とは裏腹に、女神像の立つ足元、広がる地底湖の中心からは、底知れぬ禍々しい気が立ち上っているようにも見えた。蔦のような植物がいばらを出し女神像を呑み込みそうな勢いだ。守り人が言っていた「封印」の力なのだろう。しかし、その禍々しい気でも完全に押さえつけられてはいないのか、女神像の胸元…鏡があるであろう場所から、強い光が零れ落ちていた。
(あれが鏡…!)
わたしは、湧き上がる力を感じながらも、同時にその場の異様な雰囲気に息を飲んだ。地底湖の中心にいる女神像までは、かなりの距離がある。水面は静まり返っているが、底が見えず、不気味な深さを感じさせた。
「地底湖の中心ね。…うわ、結構距離あるわね」
思わず声に出してしまった。目測でも、かなりの距離だ。あそこまで行くとなると…。
隣に立っていた煉が、わたしの視線を追って頷いた。
「あぁ。あの地底湖を渡って、あそこまでたどり着けるってのは、骨が折れるぜ。泳いで行くにしても、あの禍々しい気があるし、何か魔物がいるかもしれねぇ…どうする?」
煉の言葉は現実的だ。確かに、あの距離を水上や水中で進むのはリスクが高い。
わたしは、頭の中で使えるものをリストアップした。水鉄砲? 遠距離攻撃にはなるけど、物を掴む力はない。水の剣? 近距離戦闘用だ。マジックハンド…?
(…そうだ!)
わたしの頭に、一つのアイデアが閃いた。
今まで、モンスターを遠くへ払ったり、物をちょっと動かすのに使ってみたりしたけれど、正直あまり「役に立たなかった」道具だ。でも、もし、あの女神像のところまで届くなら…。
「ねえ、煉! これ、使えないかな!? 鏡をキャッチして、こっちに持ち帰るってのは!?」
わたしは、閃いたアイデアを勢いよく口にした。
煉は一瞬目を見開いたが、すぐに納得したように頷いた。
「…なるほど。物理的に掴んで引き寄せる、か。確かに、この状況だと、他にあそこまで物を運ぶ手段は無さそうだな。…やってみるか」
煉も、それが現状で最も可能性のある方法だと判断したようだ。
(やった…! これなら…!)
今まで「役に立たなかった」と思っていた。こんな重要な場面で役に立つかもしれない。わたしの中に、小さな希望が芽生えた。
だが、すぐに現実が頭をよぎる。道具屋で買った時、使える回数は5回だった。確か、荒野での戦闘で、ちょっと試しに使ってみたから…あと4回しか残っていない。
(4回かぁ…。結構距離あるし、うまくコントロールできるかな…。なんとかなればいいけど…)
成功確率と残りの回数を計算してしまい、少しだけ不安がよぎった。でも、やるしかない。柄の部分を押すとハンドが伸び、遠方の物体を掴む構造。
わたしは、地底湖の縁に立ち、女神像に向かってマジックハンドを構えた。腕を伸ばし、狙いを定める。深呼吸を一つ。
「…やっぱり距離あるな。本当に、届くかな…?」
不安が口から漏れそうになるのを、ぐっと堪える。元の世界に帰るため、この世界を救うため、そしてここまで一緒に来てくれた煉のためにも。
(やるんだ…!)
わたしは、改めて覚悟を決め、マジックハンドを構え直し、全身の力を込めて、地底湖の中心目掛けて投げ出した!
「うりゃああああああッ!!」
あらん限りの声を出し、祈るような気持ちでマジックハンドを放つ。
「やったぁ! 女神像に一直線!!」
放たれたマジックハンドは、勢いよく、狙い通り女神像の方へ飛んでいくように見えた。一瞬、成功を確信し、歓喜の声が上がりかける。
——だが。
勢いが良かったのも束の間、中間地点にも満たないところで、見る見るうちに失速した。そして、そのまま弧を描き、静かに地底湖の水面へ落ちていった。
チャポン…
その水音が、緊張した空間にやけに響いた。
「…くっ…!」
最初の失敗。当然、落胆する。だが、まだ回数はある。気を取り直さなくては。
(大丈夫。あと3回ある。次はもっと…!)
わたしは、深呼吸をして気持ちを切り替えようとした。次のチャンスを前に、手足の先が冷たくなり、緊張しているのが自分でもはっきりと伝わる。失敗できない、というプレッシャーがのしかかる。
「よし…! いくよ…っ!」
震えそうになる声を抑え、再びマジックハンドを構え、今度はもっと慎重に、でも力強く投げ出そうとした。
——その瞬間。
投げ出したマジックハンドを見て、咄嗟に「ダメだ」と思った。
力を込めすぎたのか、あるいは緊張で体が硬くなったのか。マジックハンドは狙った方向とは全く違う、あらぬ方向に大きく逸れて飛んでいき…そのまま、岩肌に当たってガキィン、と情けない音を立てて、地面に落下した。
(…うそ…)
全身から力が抜ける。手元には、もう残り2回になったマジックハンド。
あと2回しかチャンスがない。




