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まほろばの鬼媛 短編シリーズ集

どこかの山の上の女学校小噺

作者: いわい とろ


 この短編は、本編でのエピソード41。

 つまり、"春と夏の狭間にて"の終了までの範囲で、その裏で静かに進む日常?を描いたものです。過度な期待はしないで下さい。

 



  この話は、我々の世界とは異なる世界のヤマト国と呼ばれる"日本"の片隅にある、とある山の上の学校の、とある日々を垣間見した小噺である……






 この"山の上の学校(女子校である)"には、二つの学生寮が存在する。

 山の西側、市街地側にある"西棟"と、山頂公園を挟んで、向こう側にある"東棟"がそれである。

 東棟は比較的学業優秀者が多く、それ故一人一部屋づつ与えられているのに対し、西棟は基本的に二人一組で部屋を割り当てられている。

 この二人一組は、入学したら卒業まで組み合わせが変更される事は無い。

 その事もあってか、同部屋となった者は卒業後も付き合いが続く傾向があり、無二の親友となる事がほとんどであった。


 さて、とある年の春、既に一学期が始まった後であるにも関わらず、この西棟に入寮してきた人物達がいた。

 その人物達が来た時、既に入寮済であった人物の中に、今回の小噺の中心人物達がいたのであった。その人物とは……




「お〜、見えた見えた。アレか? 新入り。」


「そうみたいだね〜。って、髪の毛の色がまるで"白銀"って感じだね!」


「白銀と言うか、限りなく真っ白に近い白銀だな。アレだけ目立つなら、今後も周りから色々と見られる事は確実だな。」


「色々って、例えば?」


「ん? ああ、そうだな。先ずは好奇の目だろうな。基本的に髪の毛といえば"黒髪"と相場が決まってる。現に私達も黒髪だろ?」


「おお、確かにその通りだね。まあ、ヤマトの外の国の人間は黒髪だけじゃないみたいだけど。」


「ヤマト国外はともかく、"高天原"の人々にも黒髪以外の色をした髪の毛を持つ方が何人も居るとは聞くな。ま、あの"白銀"の新入りはヤマト国内か、高天原から来たってところなんだろうけどな。」


「く、詳しいね。どこでその情報を仕入れたの? "(こう)ちゃん"。」


「ふっふっふ、情報は"商人"の命だ。そう簡単には教えられないな。たとえ"ひーさん"、友人であるお前だったとしてもな。」


「あ〜! またそうやって隠す〜。わたしたち、もう何年友達やってるんだよ〜。」


「……保育園時代から数えれば、ざっと見積って"十一年目"に入ったところだな。」


「そこはサクッと答えないで。面白みが無いから。」




 新入りの入寮者を離れたところから見ていた二人組。

 一人は少し小柄であるが、可愛らしい容姿に似合わずその目付きは鋭さを秘め、背中までスラッと伸びた艶のある黒髪から、ある程度の良家の出身である事が伺える。

 もう一人は、相方と異なり背丈はそれなりのものであり、髪の毛こそ肩に触れる程度の短さの、ボリュームがある豊かな黒髪を湛えていた。


 そうこうしている内に、新入りは部屋友となる人物と共にその場から別の場へと向かったらしく、寮生な何人かが後を追うように移動を始める中、この二人組は動く素振りもなく、その場で引き続き会話を交わしていた。

 そんな時、二人を呼ぶ声が聞こえたのであった……



『おっ、そこで立ち話をしているのは"山中"と"尼子"か?』



 ……不意に呼ばれた二人は、その声の主の方を見る。

 そこに居たのは、この学生寮の寮監を務める人物の一人であった。

 その人物に対し、小柄な少女……"尼子"と呼ばれた人物が『ありゃ、これは寮監の"永松"さんじゃないですか。何かわたしたちに御用でもありますか?』と返事をするのであるが、即座にもう一人の少女……

 "山中"という人物が『寮監さんが私とひーさんを呼ぶからには、ひーさんじゃないですけど、何か用事がある事になりますね。』と述べつつ、永松という寮監の反応を待った。


 二人の反応を見届けると、寮監である"永松はずみ"は『ああ、済まないが、二人に私の代わりにこの"薬鑵(やかん)"に水を入れてきて欲しくてな。新しく入る新入りに関して寮監守衛合同会議が開かれるので、水を汲みに行けないのだ。頼まれてくれるか?』と述べ、二人に持っていた薬鑵を差し出したのであった。


 永松が薬鑵を二人に渡して水を汲んでこいと言った事で、少なくとも水道水ではない事は暗黙の了解とされた。

 この西棟から中等部の校門に到る道の途中に、地元の民から"烏帽子湧水"と呼ばれる湧き水が出る場所があり、永松はそこの湧き水を好んで使っていたという。

 なぜ、湧き水を使っていたかというと、それはこの後の二人が水を汲みに行く過程で歩きつつ話す内容から察する事ができた……




「しかし、前々から気になるけど、寮監さんって"水に対する拘り"があるよね鴻ちゃん。」


「ああ、確かに。水道の水よりは清潔かというと、首を傾げてしまう湧き水を好んでるな。まあ、煮沸消毒すれば飲めるのは確かだけど。」


「何か水道水には無い物でもあるのかな〜?」


「山から湧き出ているって事は、公衆衛生的にはともかく、山の中を通して出てくるって事だから、栄養的な物はあるんだろ? まあ、人にも好きずきあるって事で。」


「寮監さんの好みの水って事になるのか〜。何だか古風な感じだよね〜。」


「古風ねぇ……確かに言えてるかも?」




 そんな感じで会話を交えつつ、湧き水がふんだんに出ている場所に到着する二人。

 そこには既に先客というべき者が、同じように薬鑵を複数持ってきて湧き水を入れていた。

 その先客の中に、二人は見知った顔がいる事に気付き、さっそく話し掛けている。その人物とは……




「鴻ちゃん、あれ高等部一年の"織部先輩"じゃない?」


「おっ、確かに先輩だな〜。お~い、せんぱ〜い。おりちゃんせんぱーいっ!」


「っ!? ちょ、ちょっと待てぇ!! 人前でその呼び方は止めろぉ!! 曲がりなりにも"茶道部"副部長としての威厳が……。嗚呼、周りからの視線がイタい。」




 この後、二人が織部先輩こと"織部しげみ"から怒られたのは言うまでもない。

 その説教も程々に、先輩は二人が薬鑵を持っている事に気付くと……



『んん? 薬鑵を持ってきたという事は、永松先輩……いや、今は永松寮監から頼まれて水汲みに来たんだな。しかし、あの人も相変わらず茶道を極めようと努力しているのか。卒業しても変わらぬその姿勢、この綾部、痺れ憧れ増々で渋味の抹茶三杯は余裕で飲める!』



 ……などと、周りから『また訳の分からない事を口走っている。』と思われる事を語るのだった。

 当然、山中と尼子の二人もそちら側なのであるが。


 二人が薬鑵に湧き水を入れ始めたところで、綾部以外の者達はさっさと帰っている。

 主に学生寮の東棟にだが、部活の関係で持ち帰っている者達もいる。

 そんな中、綾部先輩を含めた三人は、軽く立ち話を始めた。

 もっともその話の内容は学生寮の西棟に来た新入りに関する話だったが。




「白銀の如き真っ白な髪の毛の娘? そんなのが学生寮に来たのか?」


「ええ、そうです先輩。あれこそ最近教師陣の中で話に出ていた人物だと思いますね。」


「えっ? 鴻ちゃん、それ初耳。」


「ひーさん、そりゃそうだろ。まだ詳しくは……まあ、大まかにしか話してなかったし。」


「鴻ちゃん、ぶーぶー!」




 驚き、そして拗ねた表情と共に所謂ブーイングを表す"ひーさん"こと"尼子ひさね"は、その視線を"鴻ちゃん"こと"山中鴻"に向けていた。


 もっともその視線を軽めに無視して、更に話を進める。

 山中の地獄耳ぶりは綾部先輩も知るところであったが、教師陣のみで語られる事を知っているという事実に、山中の底知れなさを感じずにはいられなかったという。


 実際、山中は親の仕事の関係で、教師陣の話を又聞き出来る位置に居た……というのが実態であったが、この事は企業秘密という事で黙っていたという。

 種明かしというのは、そうそう簡単には行わないというのが山中鴻のモットーだったらしい。






 暫くして、山中と尼子の両人が薬鑵に並々と淹れた湧き水と共に学生寮西棟へと帰る姿を見送りつつ、綾部先輩は心の中で『二人の話しぶりから考えるに、白銀の新入りと共に来ていたのは、おそらく"今川先輩"の妹君かな? 確か自宅からの登校だったハズが、まさかの入寮とは……。そうなると、その白銀の新入り、今川先輩姉妹の親の事を考えると並の人物ではないな。』と独白するのだった……











 それから暫く後、山中と尼子の二人は、湧き水の前で薬鑵を持って今にも水を入れようとしている二人組の姿を目撃する。

 それは、先だって入寮し、転入学を果たした新入りと、その部屋友となった少女であった……




「あれ? 鴻ちゃん鴻ちゃん、あの二人……」


「言わなくても、もう視野の内に入ってる。この前の新入りと部屋友の子だったな。確か名前は……」


「ふっふ〜。鴻ちゃん、わたしだってもう調べてるから、そこから先は言わせないよぉ〜。」


「ほぉ~。では早速教えて貰いましょうか、ひーさん?」


「うむうむ、では聞くが良い鴻ちゃん。あの黒髪の子は"今川美紗音"って子で、市街地に近い所にある神社の娘さんだね。」


「ほぉ~ん、神社の……。なるほど、確かにそんな感じが容姿から見て取れるな。では、その隣にいる白銀、または真っ白な髪の毛の子については?」


「うむうむ、そちらに関しても大丈夫……って言いたい所なんだけど、何とか解ったのは名前だけなんだよね。あの子、名前は"東雲美鶴"さんっていうのだけど、それ以外の情報がよく分からないんだよ〜。」




 そう語りつつ、自身の頭を両拳で左右からグリグリする素振りを見せる友人の姿を見て、山中は内心で少しだけ呆れつつ、同時に『とりあえず名前までは調べきれたってところか。ひーさんにしては合格ってところなんだけど、私も父さん母さん経由で軽く聞いてみたけど、あまり情報を得るには至らなかったな。今回は引き分けに近いか。』と思っていたとか。


 そんな風に会話を交えつつ、様子を見ていた二人。

 だが、そんな二人の目の前で、彼女らにとって信じられない事が起きる。

 それは、その信じられない事を成した人物と、その友人の会話から読み取る事ができた……




「うぇえ〜!? しっ、東雲さん、いきなり湧き水を飲みだすなんで、だっ、大丈夫なの?!」


「えっ? 何か私、おかしな事をしましたか?」


「いっ、いや、その、湧き水を煮沸消毒とかしないでそのまま飲むなんて思いにもよらなかったから……」


「んん? 煮沸消毒? ……"かーさま"や"小蓮"と一緒に旅をしていた時は、普通に湧き水とか飲んでましたよ。ですが、特に何かおかしくなるという事はありませんでした。今川さんはおかしくなるのですか?」


「あっ、いや、その……おかしくなるというか、公衆衛生的にどうなのかなぁ……とか、そういう意味で驚いたのだけど。」


「ああ、なるほど……。そういう視点で見れば、何の脈絡も無く湧き水を飲む行為そのものが珍しい事だと言うわけですね。これは驚かせて申し訳ありません。各地の湧き水を飲む事が当たり前だったので長年の癖で、つい手が出てしまいました。」


「な、長年の癖……。長年の癖なんだ。あははは……そういう事なんだ。東雲さんって、中々経験しない事を経験しているんだね〜。」




 そう語りつつ、必死に笑顔を作ろうとする美紗音だったが、その笑顔は何処となくぎこちない物であった。

 それを離れて見聞きしていた二人組も、新入りの一面を知って、驚きを隠せなかったという……




「こ、鴻ちゃん、世の中には変わった事を平然とやっちゃう子も居るんだね〜。」


「あ、ああ、そう、だな……。煮沸無しで直飲みとかするとは。しかも、長年とか言っているって事は、むしろ湧き水をそれで飲むのが新入りの常識になっているのかも知れない。」


「腹を壊さないのかな? ってか、そうなると鴻ちゃん、案外寮監さんも直飲み派だったりして?」


「いやいや、流石にそれは無いと思いたいな〜。寮監さん、アレで結構健康に気を使っているハズだし。もし直飲み派だったら、あの人も大概って事に……」




 二人はそう語りつつ、寮監の永松の健康を心配するのであった。


 なお、案の定、永松も直飲み出来る人物であったとか。

 それでもお茶を点てる時などはちゃんと煮沸している事を本人の名誉のために語っておきたい……











 それから更に数日後、今度は茶道部副部長である"織部しげみ"が、滾々と湧き水が出る場所で東雲美鶴と遭遇する事となる。

 その時、美鶴は一人であった事から、織部は思い切って話しかける事となる。

(なお、美鶴の事に関しては、山中と尼子からそれなりの情報を得てはいたという……)



『やあ、そこの一年生。随分と熱心に水汲みに来ているじゃないか。何か思うところでもあったか?』



 この様に話を切り出して、相手の反応を確かめようとする織部。

 すると、声を掛けられる形となった美鶴から『高等部の先輩様ですか? 僭越ですが、先ずそちら側から名乗りを挙げるのが礼儀かと思います。これは、年長年下の別無く、先に声を掛けていた者として成すべき物と思われますが……』と、少し困惑気味の表情を浮かべつつ、そんな返答が飛び出したのであった。


 それを聞き、"ああ、そうだった"と言わんばかりの表情を見せると、織部は改めて自己紹介を行ったという。すると……



『なるほど、織部先輩様ですね。これは失礼しました。改めて(わたくし)、先頃"中等部の一年甲組"に転入してきた東雲美鶴と申します。以後、お見知り置きいただければ。』



 そう述べつつ、織部の方を向いて深々と頭を下げるのだが、織部は織部で美鶴の容姿を間近で見たことで不思議な物を感じる事となる。



『ふむ、白銀の髪の毛というのは解っていたが、更に紅の瞳を持つか。鬼灯を宿していると形容すべきかな? どちらにせよ、並の者では無いという事は察するに値する。』



 このような印象を得た織部は、改めて一人で薬鑵を持って水汲みに来た理由を訊ねる。

 無論、美鶴の方からも同様の理由を訊ねられたため、先に自分の細かい経歴を開陳する事となる。すると……




「では、織部先輩様は現在の茶道部の二番目に偉い方で、その茶道部は寮監様が、学生だった時に創設なされた。そういう事なのですね。」


「ああ、そういう事だな。あの人は、創設と同時に部長となられたが、その腕前は当時本当に中等部一年生か? と、同級生の方々が述べられる程には"完成"された腕前であられた。今でも凄い方だと、私は思っている。」


「寮監様の事を今でも尊敬しておられるのですね。本人が聞いたら、少し照れるかも知れませんね。」




 そんな他愛のない会話を交えていた二人だったが、そうこうしている内に、美鶴が持ってきた薬鑵の中に湧き水が並々と注ぎ込まれていた。

 彼女はそれを一人で学生寮に運ぶつもりだったが、いささか重かったためか、織部が一緒に持つ事となり、学生寮へと向かう。


 その道すがら、改めてなぜ一人で水汲みを?と、気になった織部が美鶴に問い掛けたところ……



『ええっと、寮監様は茶道を嗜んでおられるのですが、使うなら湧き水の方が良いと語られまして。あと最近なのですが、私が簡単な茶道の初歩を個人的に教えてもらっているので、そのお礼代わりも兼ねて水汲みを。』



 ……という返事が飛び出したのだった。

 その返答に、織部が驚かない訳もなかった。この目の前に居る白銀の髪の毛の、鬼灯を宿した瞳を持つ少女が、茶道部の創設者から直接手ほどきを受けている事に一種の衝撃を覚えたのだった。


 そして、話はそれで終わらない。

 美鶴が続けて語るには、寮監……"永松はずみ"は、手製の茶道具の製作をも、手の空いた時に行っていると言うのである。

 聞くに、永松は本来なら"鉄器"を作りたいという思いを持っていた。だが、鉄器製造には、手間がかかり過ぎる事を自覚し、今は学生寮の敷地の片隅に自前の工房と窯を作り、そこで自身の納得のいく茶道具。

 有り体に言うなら各種"茶器"の製造を行っているのだという……



『相変わらずというか、先輩の欲求に底がないとは感じていたが、自身の茶道具まで自作を図るとは。やはり先輩は偉大な人だな。あの人が飲めと言われたなら渋味のお茶を三杯……いや三十杯飲んでも悔いはない。』



 ……などと口走っては、隣の美鶴が織部の語る事の意味が理解できないまでも、雰囲気から若干引いたという。


 そして、西棟の出入り口まで来たところで、美鶴から一緒に来て貰った事に対するお礼を述べている。

 また、織部自身は東棟の住人という事で、来た道を引き返す形か、または"烏帽子岳山頂"を突っ切る形で東棟に帰るかとあれこれ考えていたのであるが……



『山頂経由の道は止めておけ織部。最近、あの登山道の近辺で猪共が目撃されていると聞く。多少の護身術程度では、猪には勝てんぞ?』



 ……その呼び掛けと共に、美鶴に水汲みを依頼した張本人である"元茶道部部長"にして、今は学生寮西棟の寮監を務めている永松はずみが、西棟入口の奥の方から姿を現したのだった。




「これは寮監様、わざわざの御出迎え、痛み入ります。」


「うむ……少し帰りが遅いと感じたのでな。それで出迎えに参ろうかと思って出入口まで出たら、そなたと見知った顔が居たので、少しだけ会話を聞いていたという次第さ。」


「おおっ! これは永松先輩、お久しぶりです。卒業以来、中々会う機会がありませんでしたので、こうして御健在の御姿を拝する事が出来て、不肖この織部、激不味(げきまず)の渋茶を……」


「三百杯は飲める!! と言いたいのだろう? 相変わらず大仰な奴だな織部。」




 食い気味にではあるが、次に来るセリフを予測し、先回り的に織部の発言を封じる格好となった永松だったが、そんな彼女の姿を仰ぎ見ている織部の表情たるや、まさに憧憬の一言に尽きる物であった。

 その、織部の姿を見ながら、美鶴は『織部先輩様は、寮監様の事を心底尊敬しているのですね。なんだかちょっとだけ羨ましいかも知れません。……まだ、私にはそういう方が居ませんし。』と、思っていたという。


 もっとも、美鶴がそう思うのもある意味仕方がないモノだった。

 佐世保で腰を据えるまで、保護者と従者と自身と三人で旅の空の下に居た事もあってか、同世代の友人も、先輩と呼ぶに足る存在も無かったのである。

 また、従者はともかく、保護者は尊敬とかどうとか言う範疇には入れられそうにない事も付け加えておかねばならないだろう……











 ー 刻は今、雨が滴る皐月かな ー


 こんな言葉が聞こえて来そうな季節を迎え、じんわり湿度を感じずには居られない、そんな季節となっていた。

 そんな中、山中と尼子の二人は、またしても湧き水の辺りで見知っている人物が、見知らぬ人物を伴って薬鑵に水を入れている光景を目撃するのであった……




「鴻ちゃん、あの子……一年の東雲ちゃんだね〜。だけど、一緒に居るのは誰だろう? 見た感じ、ヤマトの人じゃないね〜。」


「ふむ、アレが噂に聞く"アメリカ"からの留学生かも知れないな。」


「えっ? アレがアメリカの!? けど、そんな子が東雲ちゃんと一緒に居るとなると……」


「心配か? なら、とりあえずは大丈夫と言っておくか。聞いたところによると、彼女の名前は"クーリア・モルゲン"というそうだ。」


「ふ~ん、なるほど〜。さしずめモルゲンちゃんって訳か。ところで、そんなモルゲンちゃんと東雲ちゃんが二人して湧き水の所にいるとなると……」


「まあ、おそらく湧き水に関する話をしているのだろうな。東雲は長年、各地を旅して各地の湧き水に詳しいだろう。その知識を開陳しているというところだろう。私たちが割り込む必要は無いな。却って邪魔になるだけだろうし。」




 そう語り、その場を離れようとした二人組だったが、運が悪い事?に、彼女達の姿が留学生の視界に入り、更に美鶴の視界にも入った事から、二人組は呼び止められる事となる。

 この時まで、二人組は自分たちの方から話し掛ける事はしていなかったのであるが、美鶴の方がよりにもよって織部先輩から二人組の事を知らされており、機会があれば話してみようと考えていたのであった……




「そこの御二方、もしやとは思いますが高等部の織部先輩様から聞かされていた山中先輩様と尼子先輩様ではありませんか?」


「んんっ!? ……鴻ちゃん、わたしたち、東雲ちゃんの中で有名人になってるっぽい?」


「違うぞひーさん。織部先輩の名前が出てきた時点で、先輩が私達の事を教えたというのが正しい。」


「何とぉ!? つまり先輩がわたしたちを売ったというこ」


「違ぁ〜う! 先輩を人身売買の頭目にするなっ!!」




 その山中の一言と共に、どこからとも無く取り出したハリセンが尼子の頭部を一閃。

 直後、頭を抱えて痛みに耐えつつ『鴻ちゃん酷す! そんな暗器みたいな物を隠し持っていたなんて……』と、涙目で相方を睨む尼子であった。


 そのやりとりを目の当たりにし、美鶴はどうすれば良いのか考え込んでいた。

 だが、一緒に居たクーリアが『オゥ、これこそヤマト国デントウのボケ&ツッコミというモノですネ! 実物を見るのは初めてですヨ〜。』と語った事から、美鶴も目の前の出来事がクーリアが語った代物である事を認識するのであった。


 その後、改めて互いに自己紹介を交わす四人。

 その過程で二人組も西棟の住人であると知った美鶴が『もし良ければ、御二方の部屋にお邪魔しても宜しいでしょうか? 勿論、御二方が私と今川さんの部屋に来て貰っても構いません。』と述べた事から、山中と尼子の二人は互いに視線を一瞬だけ交差させたあと、美鶴の方を向いて同時に『是非とも来て良いし、此方から参上するよ!』と答えたのだった。


 そんな光景を見て、クーリアは『この二人、もしかしてコメディアンですカ?』と、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていたのであった……











 それから間もなく、学生寮や敷地内の警備などを担当する守衛団を巻き込む"巨大妖襲来事件"が発生する。

 普段、野生の獣並みに出現率が低い"(あやかし)"が、この時に限って複数出現。

 山中や尼子などの一般学生は、学生寮から中等部の学舎方向に避難する事になる。


 その最中、いつもの湧き水の辺りまで来たところで二人は、一人で湧き水の近くに居た"今川美紗音"と合流するのであるが……




「何っ?! 東雲と永松寮監が学生寮に留まっているだと!?」


「ええっ!? わたし……寮監さんが学生寮の方で避難誘導をやってた姿を見たから、学生寮の方に居るのは解っていたけど、まさか東雲ちゃんまで学生寮に?」


「はい……東雲さんは心配いらないから私に先に学生寮から離れるように言ったんです。そして寮監さんから、必ず東雲さんを連れ出すから、先に避難するように……って言われまして。だけど、やっぱり心配で、引き返そうか考えていたんです。」




 二人と美紗音がそのように会話を交えたものの、特に美紗音は心配が滲み出る表情を見せていた。

 彼女自身は、母親が先代の"水の鬼の王"だったにも関わらず、自身は鬼の力をほとんど持たなかった。

 そのため、逃げる時は他の寮生と同時に逃げるのであったが、やはり部屋友である美鶴の事が気になって、湧き水の場で留まっていたのである。


 この時期、二人は既に美紗音の素性を一通り知っていた。

 その事もあってか、思わず尼子の口から『今川ちゃんにも妖を蹴散らせるくらいの力があれば良かったのにな〜。』という一言が思わず出てしまう。

 それを聞いて美紗音は『ううっ、すみません。私に力が無いばかりに……』と、述べると同時に少し萎えてしまうのだが、即座に山中が尼子を注意する事となる。



『ひーさん、望んでも無いものは無い。今川とて悔しいはずだ。親が強いのに、自分には力が無い事に関しては。だが、それでも友人の身を案じてここに留まっている。しかし、助けに行きたいが行けない理由もある。今川は、私たちと同じなんだ。その事を忘れるな!』



 普段からは考えられないような真剣な表情で叱責を受け、流石に尼子も萎れてしまった。

 どうやら彼女、ここまで叱責を受けるとは思ってはいなかったのだという。


 そんな重めの空気が流れる中、美紗音がたまたま持ち合わせていた水筒を二人に差し出している。

 とりあえず、水を飲んで気を落ち着けようと、暗に求めているように、山中は感じたという。

 また、今回の話は水に流そうという意図も感じ取れた。


 そこで山中は『とりあえず一杯は飲んでおいていいかもな。こういう状況だが、喉を潤しておくのも悪くはない。』と述べると、まだ萎えていた尼子にも一杯飲んでみるように勧めるのだった。

 山中に勧められるまま、水筒の水を飲んだ尼子だったが、水を飲んだところで不意に妙な違和感を感じたという。



『おりょ? この水、何か違う……上手く説明できないけど、とにかく違う感じがする。』



 尼子の口から出たその一言を聞き、山中も早速飲んでみると『んん? 確かにひーさんの言う通りだな。……今川、この水は一体。』と述べたところ、美紗音の口から出たのは……



『先輩方、この水はそこから湧き出している水なんですよ? 東雲さんが何度も普通に飲んでばかりだったから、私も思い切って飲んでみたんです。そうしたら、思ったより口に合うみたいで。煮沸して飲んでも、そのままでも問題なかったんですよ。』



 ……というものであった。

 それを聞いて二人は驚いていたという。彼女らの常識的に、湧き水は衛生的に問題があるという先入観があった。

 しかし、現実に飲んでしまった。しかも、味は悪くなく、むしろ口の中でまろやかさが感じ取れたものだから、二人の中での湧き水に対する見方がこの日を境に変わる事となった。











 このあと、出現した巨大妖は、守衛団に加勢した"とある人物"によって撃退されたという公式発表(なお、名前は伏せられていた。)が後日なされたのであるが、情報通である山中の下には、そこそこ情報が流れてきていたようである。

 それを示すような話が、学舎内の茶道部の部室で行われたという。ちなみに、その部室に来ていたのは山中&尼子、茶道部副部長の織部、そして……茶道部の創設者にして、初代部長であり、今は学生寮西棟の寮監の一人である永松の四人であった。




「永松先輩、この茶室の使用に関しては、今の部長から許可を得ています。流石に永松先輩が来ると聞いた途端、有無を言わせずに許可が下りる。先輩の威光、未だ茶道部では健在ですぞ!」


「やれやれ、それは解ったから、妙に鼻息荒く、今にも"渋茶三万杯"とか言い出しそうな顔をするな。仮に飲めても、もはや他の物が口を通る事は無くなるぞ?」


「ぬぁ!? 小生の言わんとするところが予測されてしまうとは。これがいわゆる以心伝心というモノなのでしょう。私と先輩の強い絆が」


「勝手に絆を紡ぎ出すな。山中と尼子の二人が呆れた表情を見せておるぞ?」




 永松がそう告げたところで、二人を見た織部は少し気恥ずかしくなったようである。

 そんな織部を尻目に、山中は先頃起きた巨大妖による襲撃に際し、それを撃退した人物に関して、少しだけ仕入れてきてきた。

 山中は語る。『この前の妖を撃退した人物なんだが、実名までは分からなかったものの、どうやら学校の浪岡代表などの一部の者は面識がある人物らしい。』と。

 それを聞き、尼子が『代表の知り合いが退治したの!? さすが代表、凄い人脈を持ってるんだねぇ〜。』と感心しつつ、自身の手前に置いてあったお茶を口に含むのだが、直後思わず噴き出してしまう。

 その、噴き出されたお茶は、対角線上に居た織部先輩に直撃。彼女はそのお茶……つまり、渋茶を被る羽目となったのは言うまでもない。




「うわぁ~!? 織部先輩ごめんなさいぃ〜。わざとじゃないんですよ! お茶が思った以上に渋味があったので……」


「……ふっ。」


「ん?」


「このお茶は永松先輩が点てたお茶。それを丸被りできるとは光栄の至りというモノだ!! あははは〜!!」


「うっ、うわぁ~!? せ、先輩が壊れたぁ!?」




 このあと、山中と尼子の二人掛かりで、織部先輩を抑えつつ宥める状態が続く事となる。

 その間、永松は周りの騒ぎを横目に自作の茶器でお茶を点てつつ、斯く思っていたという……



『やれやれ、騒がしい小娘共め。茶室は騒ぐ場所ではないのだぞ? 心を落ち着ける場所なのに、これでは"信貴山城"を取り囲まれた時と変わらぬではないか。まあ、あの時とは異なり、これも平穏無事たる証というヤツか……』



 ……そう思いつつ、点てたお茶を作法通りに啜る永松。

 その時、不意に気になった事があったので、騒ぐ三人を呼び止め、質問を吹っ掛けたのである。

 曰く『突然だが、三人に問う。お前達は"松永弾正"という人物を知っているか?』と。

 その問いを振られた三人。真っ先に答えたのは尼子であった。



『松永弾正? あ〜、知ってる知ってる。確か……"爆★弾★正"ってヤツだよね。』



 その問いを聞いた瞬間、永松は新たに点てたお茶を尼子に出して『このお茶を全て飲み干せ。そうすれば、その回答に関しては不問としてやろう。』と、明らかに鋭い視線を向けたのだった。

 結論から言うと、そのお茶は凄く渋味が効いたモノだったらしく、尼子は涙目になりながら飲み干す羽目となった。

 そして、飲み干した直後に目を回してぶっ倒れた。


 目を回す尼子を介抱するため、山中が側に移動する中、織部先輩は『尼子……愚かなり。不真面目な回答をするからそうなる。……松永弾正と言えば、かの戦国三大梟雄に数えられる武将の一人であり、同時に当代屈指の茶人でもある方ですよね? 先輩の口からその名前が出てくるとは思いませんでしたが、何か思うところがあるのですか? 例えば、茶人としては尊敬してあるとか?』と述べている。


 それを聞いて、何処となく機嫌が良くなったのか?

 永松は『ふっふっふ、解るか織部。まあ、多くは語らんが、そんなところだ。』とだけ答えたという。

 そんな彼女を見て、織部は『はるか昔の人物に対する尊敬の念を持たれているとは、さすが先輩。流石に渋茶を三十万杯は飲めませんが、そういう先達へ思いを馳せるお考え、この織部、ますます尊敬致しますよ〜。』と、目の前の人物への敬愛の念を強くするのであった。











『ところで、そこの山中と尼子。渋味のお茶とはいえ、元となっているお湯は東雲が汲んできた湧き水を沸かしたモノなのだから、噴き出すとか目を回すとかしてやるな。本人が知れば、残念に思うだろう。』



 御開き前に、永松の口から出てきた一言に、山中も尼子も言葉を失うのであった。

 そして直後、尼子は全力土下座。山中は普通に詫びを入れていたという……






 その日の夕方、茶道部の茶室から学生寮へと帰る途上、二人はいつもの湧き水の汲み場で、見慣れぬ大人の女性が複数の薬鑵を周りに置いている姿を横目に見ていた。

 二人は特に意に介さなかったのであるが、その女性の愚痴だけはハッキリと聞こえていたという……



『くっそ〜。伊鈴婆、騒がせた罰だからといって、アタシに湧き水を汲んでこいと言うとは。アレは基本的に不可抗力だろうが。』



 その愚痴を聞きつつ、学生寮への帰路を行く山中と尼子は……




「鴻ちゃん、世の中には変な愚痴を口走る人もいるんだね〜。」


「騒がせたから罰として水汲みとは。ひーさん、お前も明日はあの女の人みたいになるかもな。」


「やっ、止めて呉鎮守府っ! あの人、周りの薬鑵の数が普通に持てる感じじゃない。わたしが同じ罰を受けたら、日が暮れてしまうよ〜。」


「ふっ、冗談だよ。幾ら罰でもひーさんにあんな罰を与えたら、一人では手におえないだろ? まあ、そんな時が来たら手伝ってやるから安心しろ。」


「おおぅ、流石は鴻ちゃん。それでこそわたしの心の友だよぉ〜。」




 そんな会話を交えながら、二人は学生寮への帰路を行く。


 時に笑い、時に泣き、時に怒り、時に楽しみ。

 時代は遷ろいながらも、その光景はいつの世も変わらないだろう。


 彼女達の青春は、まだまだ始まったばかりなのだ……






 ー おわり ー

 



 今回、小説家になろうの企画に参加してみるために、短編を書いてみました。

 とはいえ、全くのオリジナルというのもアレなので、現在連載している作品のサイドストーリーというスタンスで、一筆啓上した次第です。


 まあ、企画モノは、参加する事に意義があるとは言いますが、参加するのは(今のところは)今回だけに留めておこうと思います。

 


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