9.エピローグ──依頼屋男とマシナリー少女
「……何でこんなことになってるんだか」
俺は困惑していた。ここは知の集う街リーブラ……その煌びやかな街の“裏”にある寂れた酒場。
「おい。店主の前でそりゃねぇだろ? 泣けるねぇ」
「……悪かったよ」
腰をかけているカウンターの向こう側に居座るのは、ここの店主……もとい“裏の世界”の情報屋だ。俺は適当にオッサンと呼んでる。
向こうとしても、名前だのコードネームだので呼ばれるよりかは、“オッサン”と呼ばれた方がマシらしい。
「──いらっしゃいませ」
酒場のドアが開かれると同時に、店内には女性の声が響く。……活気に溢れるものというよりかは……無機質な機械音声だが。
──そう。なぜか知らんが……あの事件の後からというもの、人形がこの酒場で給仕係として働いているのだ。
「ウチとしちゃ、ありがたいがねぇ。あのコ、要領も良い感じだし、結構助かってるぜ?」「……はぁ」
──時は少し遡り、俺と人形が中層へと戻って来た時のこと。その際に情報屋を訪れた時、なぜかマシナリー少女がウェイトレスをやりたいと言い出し、このオッサンが許可を出した。そんないきさつだ。
俺はと言うと……まぁ、依頼主の“パンダ”には色々言われた。……だが、不思議なことに、“失敗”とは一言も言われなかった。
むしろ、目的のデータを回収できなかったにもかかわらず、俺に対して四分の一程度の報酬が支払われていたのだ。
「お前さん、そりゃ口封じってヤツじゃないのか」
「……」
カウンターの隅に座る俺に、他の客には聞こえないようにしてオッサンが話しかけてくる。口封じね。だが、それをする理由がないだろ。
「“勇気”のデータは、確かに致死性のデータだった。こっちでも調べちゃみたが、それに違いはねぇ」
「……そもそも、それを保有していること自体が、バレたくなかったと?」
「あぁ。お前さんほど小さな依頼屋なら、その気になれば潰すことだってできるだろうが……そうならなかった理由までは分からねぇな」
そこまで言って、オッサンは俺の前で注文を作り始める。客数はあまり多くは無い。ウェイトレス姿の人形も、席で待つ客と談笑している始末だ。
「……“人に近づきすぎた機械”か」
俺は独り言を呟く。“勇気”のデータがインストールされてからのアイツは、これまで以上に人間らしい行動を取るようになった。
他の機械が合理的かつ効率的な行動を重視しているのに対して、人形はそうではない。
彼女はむしろ、人間的な行動を楽しんでいるようにさえ見える。
「“情”か?」
酒を作りながら、情報屋のオッサンが話しかけてくる。
「……そんなんじゃない。ただ……一度拾って起動したんだ。なら最後まで面倒を見るべきだろ?」
「はっ。面白いもんだ。それが情でないのなら何なんだ? 全く」
そんな他愛の無い会話のなかで、俺はある話題を切り出した。
「……それで、あのウイルスの中身はどうだった?」
「あぁ? また突拍子も無いヤツだな……」
「いいから、頼む」
あの“メモリ”は、中身のデータを人形がコピーしてオッサンへと渡した。ここの店主は何でもできる。ウイルスの解析ぐらい朝飯前だろう。
「……褒めても何も出ねぇからな」
そう言う情報屋は、店内に人形と客の話し声が行き渡っている中で口を開いた。
「……あれは、ちょいとばかし厄介なブツだ。あの中には──“人と機械とを判断するプログラム”があった。まだ未完成だったがな」
「何の為に……って。まさかとは思うが」
「あぁ。こっちも同じ事を考えた。奴さん、コイツを物理的な存在へコンバートして、そこら中にばらまくつもりじゃないか、ってな」
……データをリアルへコンバートする。そんな芸当が可能であるかどうかは分からない。だが……あの白衣の男の狂気。その片鱗に触れた今ならなんとなく理解できる。あのマッドサイエンティストは、機械を根絶するためならばやりかねない。
「お前さん、あんな細菌兵器を作ろうとするヤツと敵対したんじゃ、もうオシマイかもしれねぇな」
「……余計なお世話だ、と言っておく」
人権管理委員会の白衣の男。アイツはアンドロメダ・シティを破壊しようとしている。……その後。この街が崩壊した後は、どうするつもりなのだろうか?
俺には、アイツのやろうとしていることの真意が分からない。だが……機械を全て壊すことが最善な道であるとは、どうしても思えないのだ。
何か確たる証拠があるわけじゃない。ただ、そうであってほしいという、自分の願い。
「……アンドロメダ・シティ……か」
この街の人間や機械の存在、情景が頭の中に浮かぶ……が。そうした中で、情報屋が俺へ話しかけてきた。
「おいおい、珍しく感傷に浸ってるな? 依頼屋」
「だから……余計なお世話だっての」
そんな俺の声を無視して、オッサンは続ける。
「こっちもお前さんも、この街に生きるただの人間さ。英雄でも無けりゃヒーローでも無い。ただの人間はただの人間なりに──自分にできることをやるだけだろ?」
「……たまには良いことを言うんだな、オッサン」
「おいおい、だから褒めても何も出ねぇぞ?」
そう言ったオッサンは、笑みを浮かべて仕事へ戻る。俺はこのアンドロメダ・シティに生きる“依頼屋”だ。これまでも、きっとこれからも。そして──。
「分かりました。オイル酒三つですね」
ある意味で、人間よりも人間らしい、人形。人の形を模しながら、その内に擬似的に心を宿そうとしているマシナリー少女。
この街で、俺達はちっぽけな存在だ。機械の支配を打ち破るだとか、そんな大層な事に縁も無い。
明日もまた、俺達は依頼をこなすのだろう。失せ物探しからマシンの修理まで。だが──俺は感じていた。
今日という日から続いていく日常が──いつもと同じで、けれど昨日とは少し違うものとなる予感を。
──俺はシマント。アンドロメダ・シティの依頼屋、シマントだ。
たまには……“情報屋”のオッサンが作る不味い酒を飲んでやるか。