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おやじシリーズ

3Kおじさん

作者: 磊川 聖悟
掲載日:2023/12/16

 春。暖かな陽射し。風はまだ少し肌寒い。今日は朝礼の日。

 走る私。全速力。制服が風をはらむ。

 後ろから、おじさん。何か怒鳴りながら、物凄い勢いで追いかけてくる。

 嫌だ。どう見ても典型的なサラリーマンのおじさん。脂ぎって、小太りで、背が低い。

「キモい」「汚い」「臭い」3Kです。

 どうしよう、逃げ切れない。怖い。

 戦う?勝てるの?

 勝てないに決まってる。

 街並みの低層建築、通りの看板が飛ぶように過ぎてゆく。通学途中の先輩、後輩を追い越して、みんな不思議そうに見ている。

「待ちなさい」おじさんが吠えている。

 おじさんに「待て」と言われて、素直に待ったりする女子高生はいない。

 いま豆腐屋の角を曲がった。

 学校までは一直線。並木道、二百メートル。まだちょっと遠い。

「待ちなさい」

 直ぐそこまで来ている。おじさん汗だく。

 私も汗腺全開。

 校門の直前で通せん坊する女。うちの委員長、黒縁メガネ。道の真ん中で、手を広げて、大の字で、睨んでる。

「通してー」と叫びながら、委員長の脇の下をすり抜ける私。

「何してるんですか⁉おじさん!」

 委員長がしっかりおじさんを抱き止めて、問い質してる。

 委員長、平気なんだ、おじさん。3Kだよ。

 ジャーマンスープレックスの体勢に入ろうとするかのように、おじさんの後ろに回り込んで腰にしがみついている。

 遠巻きに野次馬している同じ学校の生徒たち。

 校門の裏側から、刺股と槍?何だか分からない棒を持った、道子先生と幸子先生が飛び出してきた。どちらも姓は佐藤。

「あなた!何してるの⁉」

 怒鳴りつけてる。

「構え!」

 幸子先生の声で、その場に居合わせた女子一同ファイティングポーズ。うちの学校の慣わしです。みんな戦えばけちょんけちょんにやられてしまうほど弱っちいけど、掛け声で腰を落としてファイティングポーズをとる約束になっていました。

 これがなかなか壮観で女子一同鋭い眼差しで、おじさんを睨みつけています。

「観念しろー!」幸子先生、恐。

「ちょっと待って、ちょっと待って」

 おじさん大慌て。委員長、おじさんの腰でジャーマンスープレックスの体勢。

 そんな状況でおじさんは高々とICカードを掲げて「これ」


 私が落としてました、交通系ICカード。改札を出て仕舞ったつもりが落としてしまって、それを見たおじさんが拾って、追いかけてきてくれたのでした。

「すみません」

 事情を聞いて道子先生も幸子先生も平謝り。委員長はおじさんの視界からゆっくりフェードアウト。黒縁メガネを人差し指でそっと上げ、動かしたか、動かさないか、分からない程度に頭を下げて、他の女子に紛れて校内へ。

 私は、おじさんが差し出したカードを摘むように受け取って、そのまま最敬礼。

「ごめんなさい」そして「ありがとうございます」

 摘んだカードを頭の上で掲げるように最敬礼のままストップ。顔を見られたくない。

「いやいや、分ってもらえれば、それでいいから」

 おじさん謙虚な言葉を残して立ち去ってゆく。

「すみませんでした」

 念のため、もう一回謝っておく。

 道子先生は刺股を、幸子先生は変な棒を担いで、校内へ退散。

「みんな急いで、始業ベル鳴りますよ」


 教室へ入る。私はカードを摘んだまま。

「消毒する?」

 クラスメイトが携帯スプレーを見せながら、訊ねてくる。私がコクリと頷くとシューとひと吹き。カードから3Kが消えてゆく。

「モテモテじゃん、おじさんに」

 冷やかし。

「マジ恐くない?朝から、おじさんに追いかけられるって」  「恐い」

「あたしは嬉しいかなぁ」 「嬉しい?なんで?」

「マジかよ。バカじゃね?」

「あり得ないだろ」「あり得ない」  「げろマジあり得ない」

「やられるぞ」  「やられる、やられる」

「刺されるとか考えるよね」

「え?なにで、どこ、刺されるの?」

「バカじゃね?」

 みんな好き勝手、言い放題。

 でも本当に恐かった。

「今日いい事あるぞ」 「あるある」

「えええ、なんで?」

「朝は最悪ですが、今日の運勢は午後に掛けて良くなるだけでしょう」

「天気予報?」 「運気予報」

 それも、あり得ない。運が良かった事なんで、生まれてから今までなかったと思う。せいぜい、悪運に強いくらい。それにカード落として無くしてたら、それこそ最悪。電車で帰れないし、買い物できないし、お母さんに怒られるし……。おじさんが親切にしてくれたから助かった。だから今日の運勢は午後に掛けて悪くなるはず。くれぐれも注意が必要。

「朝礼、始めますよ。講堂に移動!」

 道子先生が大きな声で廊下から呼びかける。

「はぁ」溜息。

 運の無い乙女、ここにあり。

 窓の外は微風。良い天気。散り遅れた桜の花びらが、一枚、二枚、風に舞う。

 おじさんのお陰で助かりました。

 有り難いけど、どう見ても……

「小者」で「気忙しく」どうしても「空回り」3Kです。

 もう二度と私の前に現れるでないぞ、おじさん。


 昼は脱走。女子高なのに、塀と言う塀は低く、難なく乗り越えられる。セキュリティの概念は感じられず。脱走は容易い。

 お昼ご飯を買いに行きます。角の豆腐屋の油揚げサンドイッチと焼き飯おいなりが人気。サンドイッチは油揚げの中に挽肉と人参と玉葱が少々、それをパンで挟んだもの。焼き飯おいなりの中身は多分、サンドイッチの具と酢飯を混ぜただけ。魅力は安さ、抜群なのです。

 今日の脱走の友は、朝方「おやじ好き」を公言していた縦ロールの色白。

 日本晴れ。街角に響く乙女の声。

「おじさーん、焼き飯おいなり四つ」

 おいなり四つも喰らうのか。

 私はサンドイッチ二つ。

「あ、こんにちはー」

 縦ロールが明後日の方を向いて、笑顔で挨拶している。

 何だろう?と振り返る私。げげ……、朝のおじさん。

「朝はありがとうございました」

 縦ロールが丁寧に頭を下げる。しかも肘で私を小突く。あなたも頭を下げなさいという意味らしい。

「ありがとうございました」と私。

 なぜわざわざ、おじさんを呼び止めるの縦ロール。3Kだよ、それ。

「ああ、君は……今朝がたの……」

 さあ、どうするの縦ロール、話題なんて無いよ。

「はい。友人がお世話になりました」

「いやいや、あれぐらい何でもないよ。無くさなくて良かったね」

「ええ、本当に。知ってますか?あのカード無くすとお昼ご飯も買えなかったんですよ」

「そうなのか。近頃は電子決済だものね」

「そうなんです。本当に助かりました」

 再び頭を下げる縦ロール。そして私を小突く。私も頭を下げる。

「何?お昼はおいなり……、育ち盛りなんだから、もっと必要じゃない?」

 おじさん、ちょっと馴れ々々しくなってきました。

「貧乏なんですよ、高校生ですから。今度、何か御馳走して下さい♡」

 あれ?いま声に少し甘い感じを乗せなかったか?縦ロール。

「もちろん、また会う縁があったら、喜んで御馳走させてもらうよ」

 おじさんカラカラと高らかに笑い、下手から退場。縦ロールも唇に手を添えて俯き気味にホホホとぶりっ子かまして笑ってる。呆れた日常コント。それほど好きか、縦ロール、おじさんのこと。3Kだよ、それ。分かってるの?

「あのおじさん、この辺に勤めてるのかなぁ?」

「そうかもね」と気の無い返事を返す私。

「奢ってくれるって」

「また会ったらね」

「会うようにするの」

 無理にでも会う状況を作りたいらしい。

「あんた、マジでやられるよ」

「そんなことない。紳士な感じだったし」

「な……3」Kだよと言いそうになって、やめました。街角で言うべきことではないように思います。

 仕方ない。乙女の花園は荒らされる運命にあるのかもしれません。それがおじさんであろうと、チャラい男子であろうと、平凡な若者であろうと、真面目そうなダサ男であろうと、同じなのかもしれません。縦ロールはおじさんを選んだ、それだけ。

「危険な香り」「金にものを言わせる」「からめ手から攻めてくる」3Kだよね。

 縦ロール、危ないんだよ。でも、それもまた運命……かも。


 夕暮れ。教室も廊下も直線の光と影。もう誰もいない。

 幸子先生、たぶん朝の事で私に目をつけたんだと思います。居残り手伝いを命じられて、書類運びやら、戸棚整理やら……。先が頼りなげに曲がった変な棒を手に校門から駆け出してきた時は格好良かったんだけど、そのあと平謝りさせられたんだから、多少は感情的になったとしても、分からなくはないけど……。

 あの先っぽがひょろっと曲がった棒は、薙刀の竹刀みたいなものとクラスの事情通から教わりました。幸子先生は薙刀の錬士五段。強いらしい。あの棒で向う脛をぶっ叩かれると泣くどころの騒ぎではないそうです。誰か叩かれたのだろうか。泣くどころの騒ぎではない状態の人を見てみたい気もしました。

「失礼します」と職員室を退室し、帰り支度を済ませて、校門を出たのは、いつもの下校時間から二時間遅れ。チェッ!

 もう空は暗くなっている。いけないと思います、女子高生を暗くなってから帰宅させるのは。

 会社の退社時刻をとっくに過ぎているので、電車の中は帰宅するサラリーマンでいっぱい。3Kが充満しています。ドアの脇で、ハンカチを取り出し、鼻と口を覆い、視線は戸袋の隙間を眺める。おじさん汚染された環境を生き抜く工夫をいつの間にか覚えました。心の中でおじさんを一瞬で消し去る「おじさん消滅爆弾」を空想し、爆発させる。一瞬にして胡散霧消するおじさん達。清浄化されてゆく世界。世界におじさんは不要。

 みんな気が付いていないようだけど、悪い事するのは大概おじさん。政治なんて悪い事するのは圧倒的におじさんが多い。おじさんはみんな犯罪予備軍。

「金に汚く」「奸計を施し」「禁忌を侵す」3Kです。

「気難しく」「干渉すること甚だしく」「癇に障る」3Kです。

「空気が読めず」「悲しいくらい」「考えていない」3Kです。

 もう一発、爆弾を破裂させる。消えて無くなれ。


 電車が急ブレーキ。押されて潰れる私。いつもの半分ぐらいに細くなってる。これが効果的なダイエット法なら歓迎だけど、ただ痛いだけの突発事故。

「痛てて」と押してるおじさんをみつけると、げげげ……、朝のおじさん。

「あ」おじさんも気が付く。

「ごめん、ごめん」と謝りながら、手摺りに掴(つか)まって、その他大勢を押し返すおじさん。

 お陰で余裕ができて助かりました。本日二度目のナイス・アシスト。素直に頭が下がります。

「ありがとうございます」

 おじさん、ちょっとニッコリ。手摺りに掴まりながら大勢を押し返しつつ、視線は天井を見て、知らん顔を装う横顔が、良く見ればチョイ悪そうで、縦ロールの策略に乗っかって、「今度、奢らせてやってもいいかな」なんて思ったりもする。おじさんの胸元、二の腕、チラ見して、俯(うつむ)く。なんか恥ずかしい。視線は戸袋。ハンカチは握った拳の中。汗ばむ。

「構内にて緊急停止の信号が発信されたため、急ブレーキをかけました。誠に申し訳ありません。安全確認がとれましたので、発車いたします」

 変な声の車掌の車内アナウンスの後、電車がゆっくり発進。ダダダと一斉に人の群れが波打つ。

 おじさんが全身に力を入れて、全身全霊で人の波を受け止めたのが分かりました。

 はっとして私はおじさんの顔を見上げました。すごい真剣な顔で虚空を見詰め、力を込めている。私は守られていました。おじさんのこめかみに青筋が浮かび、手摺りを強く握った指先が白い。大人の男の人の静かな優しさを感じました。

 しばし見惚れて、我に返って、俯いて……、おかしい、少し嬉しい感じ。何?3Kだよ、その人。全然おかしい。

「気付かせないように」「庇ってくれる」「気高さ」3Kかも。

 ヤバい。爆弾爆発。念のため、もう一発。

 夜の満員電車はお喋りもなく、リズミカルにレールの繋ぎ目を乗り越える音だけが、ミニマル・ミュージックのように響いていました。私は周りのもの全てが停止して、虚時間の中でその音を聞いているような錯覚に囚われて抜け出せずにいました。不思議だったのは、それが不愉快ではなかったことです。


 電車はゆっくりとホームに止まり、小さな音を立てて開くドア。一斉に人が降りる。

 階段を駆け上がる人。歩く人。

 おじさんは改札まで見送ってくれました。

「なんか、ごめんね。朝から君を騒がせてばかりのような気がする」

 おじさん、頭ボリボリ。

 全くその通りですよ、おじさん。私、大迷惑。だけど……

「いいえ、こちらこそ、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。助かりました。ありがとうございます」

 高校生だって大人モード全開な対応できるのです。ついでに頭下げました、すごく丁寧に。

 では失礼します、という感じで、もう一度軽く頭を下げて、改札を抜けると、おじさんも一緒に出てくる。

 あれれれ、ついて来るの?

「ごめん、ごめん。私の家、こっちだから」

 えええ?同じ駅で降りる人だったの?

 しかも帰る方向も一緒。どうする……、観念するのは、私?

「先に行くね。なんか、ごめんね」と今にも駆け出して逃げ出しそうな、おじさん。

「いいえ、気にしないで下さい。ここからバスですか?」

「いいや、歩いて十五分くらいかな」

「ご家族と暮らしてるんですか?」

「……今は一人。バツイチなんだ」また頭ボリボリ。

 そんな感じで駅の階段を下りて、大通りの方向へ。


 街の灯りポツポツ。寂れた商店通りの装飾。

 ちょっと縦ロールの策略のアシストをしようと思いつき……

「お昼に会った子、覚えてますか?」

「ああ、お嬢様な感じの子」

「はい。その子が、また会いたいって言ってましたよ」

「へぇー、女子高生はおじさんのこと嫌いと思ってたけど」

 正解です。身の程を弁えているのは感心です。

「女子高生と言っても、いろいろいます」

「そうなんだ。へぇー」

 お世辞ですよ、真に受けないで下さい。でも、そんな訳でおじさんの電話番号を聞き出し、お昼奢ってほしいので、縦ロールからショートメールすると伝えました。

 おじさん、私と並んで歩きながら、間隔五十センチメートルを保っている。良いですね。それ以上、近付くなよ。

「あ、ごめん、ごめん。一緒に帰るつもりなかったんだ。先行くね」と早足になるおじさん。先へ先へ歩いて行く。驚いたことに、私が帰る方向と全く一緒。

「気さく」に「気遣い」ちょっぴりだけど「可愛い」3Kだね。

 お気をつけて、お帰り下さい、おじさん。


 通りの街灯。稀に追い越してゆく車のテールランプ。先を行くおじさんの後姿が、急ぎ足で小さくなる。

「よう、久しぶり」

 横道から出てきたのは、いかにも悪そうな男三名。一人は知った顔。その一人が声を掛けてきた。中学の時の同級生で、愛称は「マッチ箱」。検便の時に容器を壊したか無くしたかして、マッチ箱に入れてきた奴。それで「マッチ箱」。祖父の時代はマッチ箱が当たり前だったと父から聞いたのは、随分後になってから。

「いま帰り?」

「……」

「俺らさぁ、これからカラオケ行くんだけど……どうよ」

 うわぁー、昭和初期の映画のチンピラそっくり。あれ、昭和初期はカラオケなかったから、昭和中期?後期?

「てか、行くから、方向転換して」

 嫌だぁー。まずダサくて嫌。上からもの言ってて嫌。なんで強制してんの?バカじゃない?

「やめて下さい」

 振り切って逃げようとすると、すばやく囲まれて……。これかぁ、今日の運勢。花園の危機かも。こんな奴らは絶対に嫌だ。

 駆け出そうとすると腕をマッチ箱に捕まれた。

「放して」

「いいじゃん、カラオケくらい。割引券あるよ」

 いま割引券、関係ない。私にお金を出させるつもり?

「あの、ちょっと、ちょっと」

 朝のおじさん、引き返してきてくれました。

「その子に何か?」おじさん。

「誰だオメ」脇役Aが凄む。

「俺ら、これからカラオケ行くところ」脇役B。

「おじさんも一緒に行く?」マッチ箱。

 おじさん、私の隣まで来て、一番凄んでいる男との間に割って入ってくれました。隠しているけど、手が物凄く震えてる。

「うちの娘なんだ。やめてくれないか」

 ええー、私、おじさんの娘?無理な設定です。マッチ箱はうちの父、知ってますよ。でも、覚えてないかも。

 悪役三人、ちょっとビビッて後退。

「あ、こんばんは」ってマッチ箱。真面目に挨拶してる。

「えっ、どうする」と脇役Aが他の二人を見る。

 おじさんは手がブルブル震えてる。完全にビビッてる。それでも、私を庇うように仁王立ち。

「あ、この人、お父さんだから」と割って入るマッチ箱。

 マッチ箱もビビッてると見た。

「マッチ箱、ちょっと」と私。恐い顔して見せました。

 道の脇にマッチ箱を呼んで、小さな声で「いいの?マッチ箱と呼ばれている理由を、ここで話しても」

 マッチ箱も小声で「悪かったよ、ちょっと誘っただけじゃん」

 交渉成立。マッチ箱は脇役を連れて、小走りに駅前の方向へ消えて行きました。

 おじさん、手の震え止まらず。

「大丈夫だった?」

 私、笑顔作って「大丈夫です。ありがとうございます」

「恐かったね。ビビっちゃったよ」

 そのセリフで作り笑いが、本気の笑いに替わりました。

「送ってく。心配だからね」とおじさん。

 まだ手が震えてる。そんなにビビるのに、何で助けに来たのだろう。

 覗き見た横顔は、少し引きつったまま、微笑みかけようとしてくれています。また私は守られました。

「気が弱く」「虚勢」にも似ているけど、確かな「矜持」3Kです。

 ありがとうございます。


 黒い虫食いのベールを何枚も重ねたように何もない夜空。虫食い穴から覗く星。月はベールの裂け目。地上には街の灯り。街灯の下をおじさんと歩いた。たぶん私を元気付けるために話した駄洒落の小話が少し面白くて、自然と笑顔が出ました。おじさんも笑顔を返して、思いもよらぬ楽しい散歩になりました。

 くたびれた背広。毛先の跳ねたヘヤースタイル。不釣り合いなほど真っ白なワイシャツ。袖口には星形のカフス。月明かりに鈍く輝き、どれもが、ほんのり素敵に見える。

 自宅まで送ってもらい、私は深々と頭を下げました。

「あはは、じゃ」と言って、立ち去ろうとするおじさん。

 裏庭から甚平姿の父がひょっこり現れて「誰?」という顔でおじさんを見る。

 おじさん、ペコリ。父もペコリ。

 おじさんの後姿を少し見送ってから……

「また、そんな格好で……恥ずかしいから、やめて」と私。

「何が恥ずかしいものか、現代日本文化の象徴だぞ」と力説する父。

 嘘ばっかし。甚平はただの甚平。それに腕に鳥肌立ってるし、肌寒いのに無理してる。

 我家への入り口。在り来たりの玄関先。中に入ろうとする私の背中に父の言葉。

「おじさんと友達になるの禁止な」

 ムっときたので、勢いよく振り返って、おじさんのダンディぶりを早口で言い返してやりました。助けられたのは私。今日一日、何度も何度も。「このアホ父」と言いたかったけど、本当のケンカになるので、それはやめました。

 父は私の話を聞くと少し驚いた顔をして、直ぐにサンダル履きで駆け出して、パタパタ、パタパタ、音をさせながら、おじさんを追いかけて行きました。後ろから何やら声を掛けて、ペコペコ、ペコペコ、頭を下げて、一言、二言。おじさんも何やら応えて、ペコペコ、ペコペコ。父もペコペコ、ペコペコ。夜の路上の街灯の下、ペコペコおじさん二人。

 遠くまで続く街灯の明かり。家々の食卓の灯り。視線の遥か先におじさん達の影絵のような小さな姿。

 頼りになるのか、ならないのか、大人の男。悪い事を企まなければ、少しは見直してやってもいいかも……。

 少し疲れたように撫で肩で、陽に焼けた肌が荒れているけど……

 微かに「格好良い」私だけの「騎士様」。ほんの少しだけですけど「キュン」としました。3Kですね。

 縦ロールには悪いけど、私が一歩リード。

 今度、私からメールします。

 今日は本当にありがとうございました。

 おやすみなさい、おじさん。


  おしまい


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